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アーモンドアイvsラヴズオンリーユー、G1で対決する両頭の指揮官の想いとは

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
アーモンドアイ(左)とラヴズオンリーユー

共にドバイ帰りだが、遠征の影響は?

 今週末17日に東京競馬場で行われるヴィクトリアマイル(G1、4歳以上牝馬、芝1600メートル)。現役最強とも言われるアーモンドアイ(牝5歳、美浦・国枝栄厩舎)がここで昨年の有馬記念以来の出走。また、昨年のオークスを無敗で制したラヴズオンリーユー(牝4歳、栗東・矢作芳人厩舎)もエリザベス女王杯以来の戦列復帰を予定している。

 2頭は本来なら3月に行われるドバイでの国際レースに出走しているはずだった。そのため共に3月18日に中東へ向け出国。しかしその僅か4日後の22日に開催自体が中止(主催者発表は来年に延期)。他の日本馬18頭と一緒にレースに使う事なく29日に帰国した。

昨年のドバイターフを見事に優勝したアーモンドアイ。連覇を狙いドバイ入りするも開催そのものがなくなってしまった
昨年のドバイターフを見事に優勝したアーモンドアイ。連覇を狙いドバイ入りするも開催そのものがなくなってしまった

 その後、白井での着地検疫を経て4月4日に福島県のノーザンファーム天栄に移動したのがアーモンドアイだ。天栄から美浦の国枝厩舎へ移動したのは同月30日だから3週間と少し牧場にいた計算になる。新型コロナウイルスの影響で牧場まで見に行く事は出来なかった国枝だが、この間も逐一連絡を取り合っていた。

 「白井にいる間は厩舎のスタッフが面倒を見ていました。一緒にドバイへ行ったカレンブーケドールはだいぶ疲れていたみたいだけど、アーモンドアイは昨年も遠征した経験が生きたのか、意外とケロッとしていたようです。天栄に行ってからは動画を送ってもらい見ていました。画面越しにも元気そうでしたし、実際に帰厩してからも良い感じ。順調に来ています」

昨年の有馬記念はまさかの9着敗退。それ以来の出走となるアーモンドアイ
昨年の有馬記念はまさかの9着敗退。それ以来の出走となるアーモンドアイ

 一方、ラヴズオンリーユーは着地検疫後、ノーザンファームしがらきへ。栗東トレセンから地理的にそう離れていない事もあり、指揮官は1度、見に行った。

 「体はガレておらず、ふっくらしていました」

 そこでヴィクトリアマイルを目標に4月29日に帰厩させた。しかし、アーモンドアイとは違い少々苦労したようだ。再び矢作の弁。

 「ドバイ往復の飛行機に積まれていた時間だけで25時間前後あったわけですからね。せっかく良い状態で使えそうだったのに帰国して3週間近く緩めてからの立て直し。正直、仕上げるのは難しかったです」

 ラヴズオンリーユーの場合、そもそも順調に仕上げるのが難しいタイプだった。2歳で連勝しながらもその後の復帰が遅れ桜花賞には間に合わなかった。オークスこそ優勝したものの秋には爪の不安で秋華賞を回避。3着に敗れたエリザベス女王杯(G1)はぶっつけでの挑戦を余儀なくされていた。そんな状態でここまで5戦中4戦を先頭で駆け抜けた。矢作は言う。

 「これまでで順調に使えたといえるのはオークスだけ。ほとんど無事に使えた事がない中でこれだけの成績を残せたのはこの馬のポテンシャルが高いからです」

デビューから4戦4勝でオークスを制した時のラヴズオンリーユー
デビューから4戦4勝でオークスを制した時のラヴズオンリーユー

直近の調整、そして最終追い切りは?

 話をアーモンドアイに戻そう。新型コロナウイルスの影響で移動制限がかかった事から、中間の調教に主戦のクリストフ・ルメールは乗っていない。1週前に続き、13日の最終追い切りで手綱をとったのは三浦皇成だった。国枝に三浦が乗った経緯を伺うと、次のような答えが返ってきた。

 「皇成と仲の良いクリストフが彼に頼んだようです。まぁ、うちとしてもジョッキーは歓迎なので乗ってもらいました。1週前にしっかりやってもらったので直前は併入で済ませたけど、それでも考えていたよりも速い時計でした。仕上がりはよいという事でしょう」

 ウッドで追われた最終追い切り、具体的には65秒台を考えていたそうだが、実際には1秒以上速い時計。「決してやり過ぎではないよ」とトレーナーは付け加えた。

アーモンドアイの国枝栄調教師
アーモンドアイの国枝栄調教師

 これに対しラヴズオンリーユーの最終追い切りは14日の木曜日になった。理由を矢作は次のように説明する。

 「緩めてからの立て直しになったので、正直、少し硬さが感じられました。元々追い切った後に疲れの残りやすいタイプという事もあるので今回はパターンを変えてみました。2週前の日曜日に少しやって、更に1週前、10日の日曜日にしっかり動かしました。だから最後は(水曜ではなく、もう1日開けた)木曜日にサラッとやるだけにするつもりです」

 10日の時計はCWで長めからいって5ハロン64秒台。上がりも11秒台でまとめていたのだから矢作の言葉に偽りはない。ちなみにアーモンドアイとルメールのコンビと違い、共に栗東のラヴズオンリーユーとミルコ・デムーロは中間の調教で何度でも騎乗は可能。しかし、実際には1度しか乗っていないのだが、これも伯楽の遠謀深慮の策だった。

 「1度乗ってもらった時にミルコが『凄く良い』と言ってくれました。厩舎サイドとしては正直、苦労しているのですが、彼がそう感じたのなら、そのまま良いイメージで行ってもらおうと思い、その後は乗せていません」

 国枝も矢作もアクシデントに動揺する事なく、解決策のみを模索する。これが真のリーダーの姿だと感服させられる言葉の散弾銃。一つ返答をもらう度にそう感じた。

ラヴズオンリーユーの矢作芳人調教師
ラヴズオンリーユーの矢作芳人調教師

東京のマイル戦はどちらに向くか?

 決戦の舞台となるのは東京の1600メートル。直線の長い1ターンの戦場はスピードだけでなくスタミナも求められる征野である。昨年、同じ舞台の安田記念で3着に敗れたのがアーモンドアイだ。道中不利を受けてのものといえ、この事実を調教師はどうとらえているのだろうか?

 「もちろん安田記念みたいな事もあるのが競馬なので楽観視はしていません。でも、小回りで行きたがったためガス欠になった有馬記念よりはずっと良い舞台だと思います。マイルなら流れも速くなるでしょうし、力を発揮出来ると信じています」

アーモンドアイ
アーモンドアイ

 ラヴズオンリーユーはここまで5戦のキャリアでマイル以下を走ったのは1度きり。デビュー2戦目の白菊賞(京都競馬場、芝1600メートル)がそれで、抜け出して最後は楽に勝ったものの、道中は鞍上の手がせわしなく動くシーンもあった。果たしてこの距離をリーダーはどう考えているのだろうか?

 「白菊賞の時は体が減って(前走比マイナス14キロの452キロはキャリア最低馬体重)本調子には遠い状態でした。それでも勝ったわけですし、父がディープインパクトで全兄がリアルスティールですからね。マイル戦に適性がないとは思っていません」

ラヴズオンリーユー
ラヴズオンリーユー

それぞれのライバル評と第三の女の台頭は?

 最後にそれぞれ相手の馬をどう考えているのかを伺った。こちらは矢作の弁から先に記そう。

 「アーモンドアイが素晴らしい馬である事は百も承知しています。軌道に乗った後、負けたのは不利のあった安田記念と香港へ行く予定が狂って急きょ使う事になった有馬記念だけですよね。この名馬を負かすのは簡単な事ではありません。でも、実際に有馬記念ではリスグラシューで勝てたように競馬だから付け入る隙がないとは思っていません。潜在能力的にはラヴズオンリーユーで負けていないと思うし、年齢的に成長力という意味でもうちの方があると信じたいところです。何とかアッと言わせたいし、そのためには最後まで手を尽くしてラヴズオンリーユーを万全の状態で競馬場へ送り込むつもりでいます!!」

数々の名馬を育てた矢作をして「素晴らしい馬」と言わせるアーモンドアイ
数々の名馬を育てた矢作をして「素晴らしい馬」と言わせるアーモンドアイ

 これに対し国枝はラヴズオンリーユーを次のように評す。

 「万全で使えたのはオークスだけと聞いていますが、それでいてあれだけの成績を残しているのだから並みの馬ではないですよね。オークスでは後のジャパンCでも2着するうちのカレンブーケドールを並ぶ間もなくかわしたし、走りぶりをみていると勝負根性もある。ディープの仔なのでマイルも大丈夫そうだし、怖い相手なのは間違いないでしょうね」

アーモンドアイの国枝をして「怖い相手」と言わせるラヴズオンリーユー
アーモンドアイの国枝をして「怖い相手」と言わせるラヴズオンリーユー

 ただし、と言うと、更に続けた。

 「ただし、アーモンドアイが自分の力をしっかり出し切ってくれれば何とかなるとは思っています。相手がどうではなく、アーモンドアイがきちんと自分の走りを出来るようにもっていく事だけを考えています」

 アーモンドアイが勝利したレースはいずれもボクシングでチャンピオンがパンチをまとめて打ち込んでKOするような爽快さがある。JRA史上タイとなる7つ目のG1勝利を目指す名牝なのだから、当然か。しかし国枝の言う「相手がどうではない」という言葉の裏を返せば、たとえアーモンドアイでも力を出し切れない形になれば台頭してくるのはラヴズオンリーユーばかりではないとも言えるだろう。果たしてマイルの女王の座を射止めるのは2人の名トレーナーが送り込むアーモンドアイかラヴズオンリーユーか、はたまた昨年の覇者ノームコアを始めとした他の牝馬なのか。無観客競馬は続くが、日曜日の府中のマイルに刮目したい。

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

*お忙しい中、国枝師、矢作師共に電話での取材に快く応じていただきました。ありがとうございました。

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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