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コロナ騒動で2週間の検疫をしたルメール。期間中、彼は何をして何を想ったか?!

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
2週間の自宅検疫から復帰したルメール騎手(写真は昨年の凱旋門賞の際、撮影)

2週間の検疫期間中にやった事と想った事

 新型コロナウイルスの影響で綱渡りの開催が続くJRAの競馬。ひとまず12日にはクラシック競走第1弾の桜花賞がなんとか行われた。

 この週、サートゥルナーリアで金鯱賞を勝った3月15日以来、競馬場に姿を現したのがクリストフ・ルメール騎手だ。

3月15日に行われた金鯱賞をサートゥルナーリアで制したルメール
3月15日に行われた金鯱賞をサートゥルナーリアで制したルメール

 3年連続リーディングジョッキーを更新中の彼は本来3月28日、ドバイで行われる予定だったドバイ国際レースの開催で騎乗するつもりでいた。騎乗を予定していたうちの1頭にドバイターフへエントリーをしていたアーモンドアイ (牝5歳、美浦・国枝栄厩舎)がいた。日本の現役最強馬との呼び声も高い彼女には同レースの連覇が懸かっていた事もあり、ルメールは通常より早目に現地へ飛んだ。騎手は前の週の日本の開催に騎乗後、現地入りするのがスタンダードだが「アーモンドアイは僕にとって特別の馬」と語るルメールは前の週の日本のレースをキャンセルしてまで早目にドバイ入りしたのだ。

2019年のドバイターフを制したアーモンドアイとルメール騎手
2019年のドバイターフを制したアーモンドアイとルメール騎手

 例のウイルスの対策案としてドバイ側が外国人の入国を受け入れないと発表した時には、既に現地入りしていたルメールの行動が吉と出たかと思えた。しかしその後、風向きが真逆に変わる。ドバイの開催は中止(公式発表としては来年に延期)となり、ルメールは緊急帰国する事になった。当時の様子を次のように語る。

 「レースが中止になったすぐ後には日本との直行便が無くなるとか、空港が封鎖されるという話が出たため、日本馬関係者は急きょ帰国する事になりました。それで僕も空港へ行ったのですが、飛行機がいつ飛ぶかも分からない状況で、何時間も待たされました」

 待っている間にJRAの職員から帰国後の自主検疫の話を持ちかけられた。そして3月24日に帰国出来たと同時に、正式に2週間の自宅待機を命ぜられたと言う。

 「僕自身は検査の結果、陰性でした。でも、こういう問題なので仕方ないと思いました。2人の子供達も学校が休校になっていたので、妻と家族4人で2週間、家から出ずに過ごす事にしました」

 アイシュタインではないが時間の長さは絶対ではなかった。同じ時間のようでも、競馬に乗れない2週間は普段のそれより長かった。ルメールは言う。

 「家族とドラマを観たり、子供達とジグゾーパズルやビデオゲームをしたり、後は家で出来るトレーニングもしました。でも、正直、少しヒマを持て余しました」

 中でもフラストレーションがたまるひと時があった。

 「週末はずっと競馬観戦をしていました。これがとてもつらい時間でした。騎乗停止でも怪我でもないのに乗る事が出来ない。こんな経験は初めてで、苦しい気持ちになりました」

高松宮記念も自宅で観戦。浮かない表情のルメール(本人提供)
高松宮記念も自宅で観戦。浮かない表情のルメール(本人提供)

 そんな中、気持ちを紛らわしてくれたのが、ジョッキー仲間だった。

 「ユタカ(武豊)さんは励ましの電話をくれました。他にも柴山(雄一)さんやダイサク(松田大作)もメッセージをくれました」

 また、海外にいるジョッキーとも連絡をとったと言う。

 「海外では競馬そのものが中止になっている国が沢山あります。そういう国のジョッキーは今“プータロー”です」

 笑いながらそう言って、更に続ける。

 「アメリカにいるルパルーやアイルランドのコルム(オドノヒュー)らとビデオコールをしました。皆、大変そうでした」

 フランス競馬が中止になった事で、現在、香港で騎乗しているアントワーヌ・アムランとも連絡をとったと言う。

 「アムランは香港に到着後、2週間の自主検疫をしていました。丁度、僕と同じ立場でした。だから互いに『大変な事になっちゃったね』って話をしました」

 また、復帰後を考えて、ファンにサインを書いたり、インスタグラムを通してその時々の様子を伝えたりもした。そうしながら、思う事があったと語る。

 「今のところ日本は競馬を続けています。それだけでもありがたい事だと痛感しました」

自宅での検疫中には復帰後を考えてファンへのサインも書いた(本人提供)
自宅での検疫中には復帰後を考えてファンへのサインも書いた(本人提供)

復帰して感じた事と、これからやっていくべきと考えている事

 このように家族や騎手仲間にも助けられ、2週間の自宅検疫を終えたルメールは、冒頭で記した通り4月11日、ついに競馬場に戻ってきた。土曜日に3勝、日曜も2勝の計5勝。久しぶりの実戦でも変わらぬ好騎乗を披露した。しかし、無観客に加え、休んでいる間に更に強化された入場人員の制限で、馬主やマスコミの減った競馬場の雰囲気に寂しい気持ちを禁じ得なかった。

 「ゲートインすればゴールに入るまでレースに集中しています。でも、レースの前後は正直、寂しい気持ちになってしまいます。ファンの声援はないし、勝ってもオーナーと口取りも出来ない。オーナーや厩舎関係者、そしてファンの皆さんと勝利をシェアしたいのにそれが出来ない。僕だけでなくジョッキー皆がそう感じています。これはベリーストレンジな雰囲気です」

4月11日、戦列復帰したルメール(中央)。写真は桜花賞騎乗時(撮影;高橋由二)
4月11日、戦列復帰したルメール(中央)。写真は桜花賞騎乗時(撮影;高橋由二)

 ただ、だからこそ中止になる事なく開催を持続出来ている事もこのフランス人ジョッキーはよく分かっている。よって、レースと調教以外での外出は控えていくと言う。本来、騎手達には開催日の前日は競馬場かトレセンにある調整ルームへの入室が義務付けられている。しかし、緊急事態となった現在、JRAが認定した自宅とホテルを調整ルーム代わりに使用、滞在出来る事になった。この措置については次のように語る。

 「今週末は中山競馬場なので調整ルームに入ります。でも、京都競馬場で騎乗する週は家から通います。競馬以外ではステイホームする事が、今回のウイルス騒動を一日でも早く収束させる手段だと思うので、出来る限り家にいるように努めます。モアステイホーム、モアフィニッシュアーリーです」

 調整ルームでは、食事も食堂ではせずに各自の部屋で摂るという。家から通う際は、土曜の競馬が終わった時点で1度帰宅。日曜に改めて向かうと言い、更に続ける。

 「大変なのは皆、同じです。今回は特別な事態だから、皆で適応してコロナの収束に努めましょう。少しでも早く収束するために私達がいま出来る事は、なるべく家にいる事だと思いますから」

 今回の取材は電話で行った。電話を切る前に「早くまた競馬場で会いたいね」と伝えると、ルメールは次のように答えた。

 「それはジョッキー、皆も同じように思っています!!」

 ファンの皆さんが競馬を生で観戦したいと思っているように、ジョッキーの皆もファンの前で乗りたいと考えている。競馬場で皆が再会出来る日が少しでも早く戻って来るように、今は協力しあって、この目に見えない敵と戦おう。

画像

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

*なお、武豊騎手が会長を務める日本騎手クラブは新型コロナウイルス感染拡大で影響を受けている人達への支援策として、11日の開催から各騎手がJRAのレースに1回騎乗するたびに1000円を基金として積み立てる事とした。支援先については今後、決定していくと言う。

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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