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ディープインパクト記念を制した武豊がレース後にとった奇妙な行動とその意味とは……

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
弥生賞ディープインパクト記念を勝った武豊騎手とサトノフラッグ。右端が国枝栄調教師

ディープインパクト記念でディープインパクト産駒に騎乗

 3月8日、無観客競馬の行われた中山競馬場。この日のメインレース・弥生賞ディープインパクト記念を制したのはサトノフラッグ。このディープインパクト産駒の手綱を取ったのが武豊だった。デビュー以来34年連続となる重賞制覇を、“ディープインパクト記念”で決めてみせた日本のナンバー1ジョッキーは、口取り写真の撮影を終えると、一見、奇妙とも思える行動をとった。そして、その理由を聞くと、思わぬ答えが返ってきた。

この後、武豊は奇妙な行動をするのだった
この後、武豊は奇妙な行動をするのだった

 今年から史上最強馬の名前を冠しディープインパクト記念となった弥生賞。当初、騎乗馬の予定はなかった。

 「せっかくだから乗ってみたいという気持ちはありました」

 そう思っていた武豊に、手を差しのべたのが美浦で開業する国枝栄だった。管理するサトノフラッグの鞍上に武豊を指名したのだ。

国枝栄と武豊
国枝栄と武豊

 サトノフラッグはこの時点で3戦2勝。新馬戦こそ6着に敗れていたが、東京競馬場、芝2000メートルの未勝利戦を2歳レコードで快勝すると、3戦目、中山競馬場、芝2000メートルの自己条件も連勝。新馬戦の時、別の馬で同じレースに騎乗していた武豊は言う。

 「ディープインパクトの仔だったし、初戦で相手としてみたのは覚えています。ただ、その時は負けた事もあり、それほど印象に残るような感じはありませんでした。でも、その後の連勝はなかなか強い競馬でしたよね。1戦ごとに成長しているという感じを受けました」

 直前のレースでは4コーナーをカーブして直線を向くにあたり激しく内にササッていた。同じ中山で走るにあたりその点は心配ないか?を聞くと、旗幟鮮明に答えた。

 「キャリアの浅い若い馬にはよくある事です。もちろん注意は必要だけど、それほど心配はしていません」

前走はO・マーフィーを背にササりながらも自己条件を勝利
前走はO・マーフィーを背にササりながらも自己条件を勝利

父似の素晴らしい馬

 そぼ降る雨で重馬場となったレース当日。初めて跨ったサトノフラッグの感触は父に似ているモノだったと言う。

 「返し馬の時にディープの走るタイプに多いフットワークだと思い、お父さんにそっくりだと感じました」

 実際、レースへ行っても“良い馬”という感触に変わりはなかった。最内枠からスタートを決めたが、序盤は後方に控えた。向こう正面で外に進路を確保すると、3コーナー過ぎからは一気に進出。それまで前にいたワーケアをパスし、外を回りながら4コーナーでは先行勢を完全に射程圏に捉える。その進出劇からは、スタンドにお客さんがいればかなりの大声援が上がっていたと思われたし、同時に、全国のテレビ桟敷で歓声が上がるシーンが容易に想像出来た。

 「ディープも中山だと早目に動いていける馬でした。同じような感じで行けたというのは乗っていても思いました」

先頭で直線を駆け上がって来たサトノフラッグ
先頭で直線を駆け上がって来たサトノフラッグ

 直線半ばでは先頭に立って最後の坂を駆け上がる。先に動かれた事で踏み遅れる感じになったワーケアが最後に伸びて来たが、時すでに遅し。「前走と違い全くササる素振りを見せなかった」(武豊)サトノフラッグはワーケアを抑えて先頭でゴールに飛び込む。2005年の有馬記念とは反対に、ハーツクライ産駒の1番人気馬の猛追を、ディープインパクト産駒が抑えて優勝する形になった。第1回のディープインパクト記念で一発ツモを決めた武豊は言う。

 「シンザン記念をシンザンの子供が勝った事はないと聞きました。ディープももう死んでしまっているので、産駒がこのレースに出られるチャンスはもうあと何回もありません。それだけにいきなり勝てたのは嬉しいです」

弥生賞ディープインパクト記念のゴールを先頭で駆け抜けて引き上げて来たサトノフラッグと武豊
弥生賞ディープインパクト記念のゴールを先頭で駆け抜けて引き上げて来たサトノフラッグと武豊

レース後、武豊がとった行動とその意味とは……

 今回、2着につけた差は1と4分の3馬身。一方、父ディープインパクトが弥生賞を制した際の着差は僅かにクビだった。後に圧倒的な差で三冠を制した歴史的名馬にしては、辛勝といえる内容だったのだ。

 「クラシック本番へ向けていわゆるリハーサルの要素もあるレースですからね。ディープは確かに“飛ぶ”とまではいかなかったけど、決して全力ではない中で着差以上の楽勝をしてくれました。だから心配はありませんでした。今回もそういう要素を持っている事にかわりはない中で、これだけ圧勝。皐月賞というかダービーまでも期待出来る馬だと思います」

 他にも有力なお手馬がいる現状で、果たしてクラシック本番もこのディープインパクト産駒に騎乗出来るかはまだ分からない。しかし、もし乗れないとしても後ろ髪の引かれる思いでの決断になるであろう事は、レース後に見せた態度からも推察出来る。口取り写真を撮り終えた武豊は、検量室に戻る道すがら高く挙げた右手を左右に大きく振りながら、小さな声で言った。

 「ありがとうございました~」

 その視線の先には無人のスタンドがあった。冒頭に記した通り、無観客競馬だったのだから、当然だ。しかし、あたかもファンに向かってやるようにそんな態度をとった理由を聞くと、天才ジョッキーは笑う事なく真剣とも神妙ともとれる面持ちで口を開いた。

 「ファンの皆さんに見て欲しかったですからね……」

 唯一ディープインパクトの乗り心地を知る男が、サトノフラッグの走りに父を彷彿とさせる何かを感じた。この言葉には、そんな思いが感じられるのだった。

ディープインパクト記念を制した直後のナンバー1ジョッキー
ディープインパクト記念を制した直後のナンバー1ジョッキー

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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