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ディアドラ、海外G1制覇速報。長期にわたる遠征の先にあった勝因とは……

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
8月1日の英国でナッソーS(G1)を制したディアドラ

世界中を転戦

 現地時間8月1日、イギリス、グッドウッド競馬場で行われたナッソーS(G1、芝約2000メートル)を日本のディアドラ(牝5歳、栗東・橋田満厩舎)が見事に優勝した。

 ディアドラが日本を発ったのはまだ寒い時期だった。3月30日にドバイで行われたドバイターフ(G1)に挑むと4着。そのまま香港へわたりクイーンエリザベス2世カップ(G1)に出走。前年には香港カップ(G1)で2着していた事から期待が懸けられたが、同じ日本馬のウインブライトの前によもやの6着。大きく負けてしまった事と、ドバイから香港への移動は日本への帰り道と思われていた事からこれで帰国するだろうというのが大方の見方だった。そもそも、そこから更にヨーロッパへ移動するという前例が無かったから、誰もが帰国が自然だと思い、ほとんどの人は更なる遠征など考えもしなかった事だろう。

ドバイ遠征は遠い昔のようだが、ディアドラはその後、一度も帰国していない
ドバイ遠征は遠い昔のようだが、ディアドラはその後、一度も帰国していない

 しかし、陣営はこれで挑戦を終わりにはしなかった。香港からなんとイギリスへ飛び、競馬界の聖地ニューマーケットの厩舎に入厩。ウォーレンヒルを上る調教で鍛え直すと、6月19日にはかの地のアスコット競馬場でイギリス王室主催として開催されるロイヤルミーティングにエントリー。5日間に及ぶロイヤルアスコット開催のメインレースともいえるプリンスオブウェールズ S(芝約2000メートル)に駒を進めた。

ウォーレンヒルで調教されるディアドラ
ウォーレンヒルで調教されるディアドラ

 このレースはスタート直前に大雨に見舞われ、日本馬にとってはタフな馬場となり、6着に敗れた。さすがにこれにて長きにわたった海外遠征は終止符を打たれるかと思いきや、陣営は更に次の一歩を踏み出した。

 それがこの8月1日に行われたナッソーS(G1)への出走だ。

ニューマーケットの厩舎でのディアドラ
ニューマーケットの厩舎でのディアドラ

ナッソーSの行われるグッドウッド競馬場とはどんな舞台か?

 ナッソーSは日本では馴染みのないレースかもしれないが、イギリスの夏に行われる3歳以上牝馬の伝統的なG1。古馬牝馬に各国の1000ギニーやオークスを争った3歳馬が顔を揃える大一番である。

 日本馬がこのレースに出走するのは勿論これが初めて。未知の部分が多かったが、舞台となるグッドウッド競馬場は激しいアンジュレーションとトリッキーなコース形態で有名なコース。起伏が激しいため勝ち時計も日本のようには速くない。距離が現在の9ハロン197ヤード(約1991メートルと2000メートルに満たない)と発表されるようになってからはまだ2年しか行われていないが、その勝ち時計は2分11秒79と同6秒22。一昨年は道悪でこそあったものの、それにしても日本と比べると時計を要している。日本で道悪の2000メートル戦というとキタサンブラックが勝利した2017年、秋の天皇賞を思い浮かべる方もいるかもしれないが、その時でさえ勝ち時計は2分8秒3なのだ。一昨年のナッソーSは距離がもっと短いにもかかわらず3秒以上も遅い時計なのである。

分かり辛いかもしれないが、ゴール前から最終コーナーを見るとまるで小山を越えてくるようなコーナーが見える
分かり辛いかもしれないが、ゴール前から最終コーナーを見るとまるで小山を越えてくるようなコーナーが見える

 勿論、流れもあるから一概に馬場だけとは言えないが、それ以前の時計をみても、その差は歴然としている。2016年から遡る事19年、1998年までは距離が更に短い9ハロン191ヤード(約1986メートル)という発表だったが、その19年間で最も速い勝ち時計は2分4秒47。遅い時は同9秒73もかかっている。起伏が激しく日本馬が苦戦する競馬場としてはアスコットが知られているが、このグッドウッドも親戚のようなコースなのだ。

中距離に於ける日本馬の強さと血が力を発揮する条件に

 だからディアドラも苦戦するかと思われた。しかし、現地の20倍を越す単勝オッズを目の当たりにした時はさすがに過小評価をされていると思った。僅か三走前のドバイは4着だったが、1、2着がアーモンドアイとヴィブロス。3着のロードグリッターズも後にロイヤルアスコットでG1を勝利しているのだから、悲観する結果ではない。昨年暮れの香港では牡馬相手に2着。その香港遠征直前に走った府中牝馬Sでは32秒3という鬼脚でリスグラシューを差し切っていた。

 加えて中距離戦は日本馬がやたらと強い。今春の香港を制したウインブライトもそうだが、エイシンヒカリやリアルスティール、更にネオリアリズムやルーラーシップ、もっと古くはシャドウゲイトやコスモバルクといったJRAのG1を勝っていない馬が海外の中距離戦で大仕事をやってのける例は多数ある。

 これらを考えると机上の計算上では充分に単勝でも買ってしかるべきシチュエーションだったのだ。

 しかし、競馬というのはたいがいがそう思い描いた通りの結末を迎えられない。そんな中、今回は後方からインを突いて見事な差し切り勝ち。ヨーロッパの競馬界に改めて日本馬の強さを披露すると共に、ディープインパクトロスに沈む日本の競馬界に朗報を届けてみせた。

最後の直線で見事に内から抜け出して勝利したディアドラ
最後の直線で見事に内から抜け出して勝利したディアドラ

 勝ち時計は2分2秒93のコースレコード。馬場状態はGOOD(良)といえ、先述の時計と比べても異常に速い事が分かる。父のハービンジャーがアスコットでレコードをマークしたように、ヨーロッパでの速い時計決着こそ、この血統が力を発揮出来る舞台だったのかもしれない。

 長期にわたる遠征が報われる形となった指揮官は言う。

 「作戦通りの競馬をしてくれました。ヨーロッパの長い上り坂のある競馬場では日本馬が苦戦を続けて来ただけに、今回こうやって結果を残せた事は意義があると思います。ニューマーケットに長い事、滞在して、こういう坂でもこなせる馬になったのだと思います」

ニューマーケットでのディアドラと橋田満調教師
ニューマーケットでのディアドラと橋田満調教師

 さて、ついに栄冠を手中に収めたディアドラ陣営だが、レース後にインタビューをした限りでは、どうやらこれで大団円とならないようだ。次走としては幾つかの候補が上がったが、いずれにしてももうしばらくニューマーケットを拠点とした生活が続くようだ。果たしてどこが終着駅なのかは分からないが、その日が来るまで今回のような調子で突き進み、また歓喜の瞬間に立ち会わせていただきたい。

陣営のこのような姿をこれからもまた見たいものだ
陣営のこのような姿をこれからもまた見たいものだ

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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