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ベルモントSでアメリカのG1獲りに挑むマスターフェンサーの現在と地元の評判は?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
ベルモントパーク競馬場で調整されるマスターフェンサー

アメリカのG1で伏兵から一躍有力馬に

現地時間6月5日朝、ルパルーを乗せて最終追い切りを行ったマスターフェンサー
現地時間6月5日朝、ルパルーを乗せて最終追い切りを行ったマスターフェンサー

 アメリカの三冠レースは僅か6週の間に行われる。すなわち5月初旬のケンタッキーダービー(G1)で幕を開けるとそこから僅か中1週で二冠目のプリークネスS(G1)、更に中2週でベルモントS(G1)が行われるのだ。その三冠目が今週末に迫った。

 現地時間6月5日、朝。アメリカ・ベルモントパーク競馬場でマスターフェンサー(牡3歳、栗東・角田晃一厩舎)がベルモントS(G1、ベルモントパーク競馬場ダート2400メートル)へ向けた最終追い切りを行った。

 ケンタッキーダービー(G1)で同馬に初騎乗し、今回も手綱をとるジュリアン・ルパルー騎手を背に乗せたマスターフェンサーは、トレーニングトラックを1周してウォーミングアップした後、レースでも走る事になるメイントラックへ移動。5ハロンを61秒台(陣営計測のアンオフィシャルな時計)で追い切られた。

 「時計的にも前回のケンタッキーダービーの時より速いし、確実に状態は良くなっています」

 見守った調教師の角田は淡々とそう語った。

 思えばケンタッキーダービーの出走は強行軍だった。同レースへ出走するためには日本で指定されたレースでポイントを稼ぐのが近道。マスターフェンサー陣営は伏竜Sを勝ってポイントを加算すれば遠征可能だと考えていたが、結果は2着に惜敗。これでポイント争いは4位となり、アメリカへの道が絶たれたと思われた。しかし、獲得ポイント上位の3頭がいずれも回避。急遽、お鉢が回って来た。そんな感じでの遠征だったから「ギリギリ間に合ったという状態」(角田)だった。

角田調教師(右)とルパルー騎手。後方にマスターフェンサーがみえる
角田調教師(右)とルパルー騎手。後方にマスターフェンサーがみえる

 しかし、そのケンタッキーダービーの直線、モノ凄い追い込みを見せて7位入線。1位入線馬が降着となったため6着に繰り上がった。

 「最後の脚は凄かった」と語るのはルパルーだ。距離の延びる今回は「更にチャンスが広がる」と瞳を輝かせる。

 「追い切りの動きは良かったです。多少、深いダートを気にした感じはありましたが、良い反応で動いてくれました。最後は左手前のままだったけど、無理に替えさせる必要はないと思ったのでそのまま追いました。とはいえ競馬へ行けば手前を替えないまま一周させるのは決してベストではないので、そのあたりは考えて乗ります」

 競馬は今回も後ろから進める事になるだろう。「ゲート自体には問題ないけど、スタートは決して速くないので後ろからになると思います」と角田が言えば、ルパルーも「10頭立てなので渋滞になる事無く、末脚を生かせると思います」と語る。

 決戦の舞台となるベルモントパーク競馬場はアメリカの競馬場としては大きなコースだが、ゴール板が直線の真ん中あたりにあるため、4コーナーからゴールまでの直線の長さという意味では一周1マイルの他の競馬場と大差ない。ルパルーはそのあたりも当然、心得ている。

 「ホームストレッチは決して長くないけど、向こう正面の直線が長いので前との差を詰めやすくなります。それはこの馬にとって良いでしょう」

吉澤オーナー(後方右)に見守られるマスターフェンサー
吉澤オーナー(後方右)に見守られるマスターフェンサー

 アメリカのG1で有力と言われるまでの存在となった愛馬を持つ吉澤克己オーナーは自身で育成牧場も経営。現在は浦河と関東、関西に三場を所有し、計540頭もの馬を管理している。そんな彼は笑いながら次のように語る。

 「当歳の時から見ているけど、全く目立たない馬でした。私自身、ここ40年ほど毎日、馬を見ているけど、本当に馬は分かりませんね」

 ただし、ベルモントSへの挑戦は、ケンタッキーダービーのために日本を出発する前から計算に入れていた。そんな深慮遠謀の策が実る事を期待したい。

地元、有力馬の陣営も「怖いのは日本馬」と語る

地元のT・プレッチャー調教師が管理するスピンオフ
地元のT・プレッチャー調教師が管理するスピンオフ

 マスターフェンサーに立ちはだかろうとする地元勢の中で、スピンオフに騎乗するハビエル・カステリャーノ騎手。調教では汗をかき、首を傾けて難しそうな面をみせる同馬。しかし、カステリャーノは「先週の調教で騎乗したけど、難しくはない。本当に良い馬だよ」と語った後「でも、日本馬に勝てるかなぁ……」と苦笑してみせた。

スピンオフに騎乗するのは日本でもお馴染みのカステリャーノ騎手
スピンオフに騎乗するのは日本でもお馴染みのカステリャーノ騎手

 また、二冠目のプリークネスS(G1)優勝馬ウォーオブウィルやケンタッキーダービー3着のタシトゥスも大きな壁となりそうだ。2頭の陣営からはいずれも「日本馬が怖い」と言う声が囁かれるが、中でも「最大のライバルになると思う」と語るのはタシトゥスを管理するウィリアム・モット調教師だ。

 1953年7月生まれの彼は、95、96年に2年連続でアメリカの年度代表馬になったシガーを育てるなどして、98年、史上最年少の45歳という年齢で競馬の殿堂入りを果たしている。ベルモントSも2010年にドロッセルマイヤーで制しているが、当時と比べ、今回の自信度はいかばかりかを問うと、笑いながら答えた。

 「当時、自信満々というわけではなかったけど『勝てるかもな……』くらいには思っていました。その気持ちは今回も同じ。競馬は負けて当たり前なので、ある意味、楽観的に考える事が大切だと思っているんだ」

W・モット調教師と有力馬の1頭であるタシトゥス
W・モット調教師と有力馬の1頭であるタシトゥス

 タシトゥス自身の状態に関しては「ぬかり無し」と語る。

 「お母さん馬もうちの厩舎で管理していたけど、この馬はお母さんと似て普段からとても大人しいんです。だから調教する上でもこちらが考えていたメニューをアクシデントなくこなしてくれます。状態に関しては万全だし、大外枠といっても10頭立てですからね。何も気にしていませんよ」

 そんな伯楽が、インタビューの最後に逆質問をしてきた。

 「私は日本馬が最大のライバルと思っている。日本馬と1、2着を争うと考えているんだけど、彼の状態はどうなんだい?」

 状態が良さそうな事を告げると口をへの字に曲げながら両眉をあげてみせた。果たして、レース後も殿堂入り調教師にひと泡吹かせる事が出来るのか……。ベルモントSは現地時間8日18時37分、日本時間9日朝7時37分にゲートが開く。

マスターフェンサー
マスターフェンサー

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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