女性活躍社会を目指すイスラーム国家:マレーシアから日本への提言

(写真:アフロ)

 今夏、東京医科大学の入試において女性の合格が不当に抑えられたというニュースが報じられた。その一つの理由として、女性医師の離職率の高さがあげられ、またそれに対して少なからず同調する声も聞かれた。未曾有の少子化による労働力不足を背景に、女性の積極活用が叫ばれるなかで、日本ではいまだこうした事例が後をたたないでいる。

 筆者は、今年4月からマレーシアに在外研究のために滞在し、女性、特にマレー系(≒イスラーム教徒)の女性の調査をおこなっている(注1)。本稿では、そのなかでみえてきたマレーシア女性の社会参加の現状を、日本と比較しつつ、データとともに読み解いていく。

(注1)「マレーシア人(Malaysian)」と、「マレー系(Malay)」とは異なるカテゴリーであることに留意いただきたい。前者は、マレーシア国籍をもつ者を指し、後者は、そのなかのマレー系住民を指している。したがって、「マレーシア女性」というとき、マレー系に加え、中国系やインド系の女性もまた含まれている。なお、マレーシアでは、マレー系はすべからくムスリムであると定義されており、本稿でもそのように想定している。

マレーシアはどんな国?

 マレーシアは、「ルック・イースト」政策で有名なマハティール氏(93歳)が、かつて所属していた与党政党を破り、独立後はじめて政権交代を達成したことで、今年、日本でも話題になった。マレーシアは、東南アジアの西側、マレー半島に位置し、マレー系(50%)、中国系(21%)、インド系(6%)によって構成される多民族国家である。また、主にマレー系が信仰しているイスラームが、マレーシアの国教として定められていることから、ある意味で「イスラーム国家」(これは2001年のマハティール[当時]首相の公式発言である)といえる。たとえば、マレーシアの法律には、全ての人が対象となる世俗法(コモン・ロー、制定法)に加えて、各州に権限がある「イスラーム法(シャーリア)」が存在している。ただしイスラーム法は、基本的にはイスラーム教徒にのみ適用され、非イスラーム教徒には影響を与えない(注2)。その意味で、マレーシアは「イスラームを中心とした多民族国家」と要約できる。

(注2)ただし、イスラーム政党が政権を担っている一部の州では、近年、非イスラーム教徒にもイスラーム法が適用されるようになり、マレーシアでも論争になっている。

 さて、マレーシアにきて、多くの人が感じることは、「女性が元気」という点ではないだろうか。たとえば、空港の売店では女性が男性とともに深夜まで働き、観光名所のセントラル・マーケットでは女性が外国人相手に英語を駆使しながら接客をおこない、部屋を探す際には個人で物件を抱える女性エージェントが部屋を案内し、また学校や病院では数多くの女性専門職が働いている。そして、彼女たちの多くはマレー系、つまりイスラーム教徒である。また女男関係も比較的ゆるやかで、仕事場で女男がともに働き、休日や午後にはカップルや家族がモールなどで食事や買い物を楽しむ姿がよくみられる。一般にイメージされるようなイスラーム社会の息苦しさといったものは、少なくとも表面上はあまりみられない。では、マレーシア女性の社会参加の実態はどのようなものであろうか。

マレーシア女性の社会参加をめぐる状況:日本との比較

表1 日本とマレーシアのジェンダー・ギャップ指数(2017年)、筆者作成
表1 日本とマレーシアのジェンダー・ギャップ指数(2017年)、筆者作成

 表1は、日本とマレーシアにおける、女男間の社会的格差を示すジェンダー・ギャップ指数について記したものである。総合順位をみるように、日本(114位)とマレーシア(104位)の女性の社会的地位や状況は似かよっているようにみえる。また、健康と教育の面で比較的格差が少ない(得点が1に近い)一方で、政治と経済の面での格差が大きい(得点が1から遠い)点でも類似している。だが、その中身は大きく異なっている。

表2 マレーシアの女男別学生数(2011年)、筆者作成
表2 マレーシアの女男別学生数(2011年)、筆者作成

 表2は、マレーシアの大学における女男別学生数を示している。この表から、大学、とりわけ国公立において、女性が半数以上を占めていることがわかる。学部・修士レベルにおいておよそ6:4の比率で女性が多く、その割合が逆転する博士課程でも女性は全体の43%を維持している。分野別で女男の偏りがあるものの、国公立のほとんどの分野(自然科学を含む)で女性が多数を占めている。私立大学で男性の数が多いのは、国公立大学に入学できなかった男性が流れてくるためである。それでも、女男比はほぼ互角である。また、国公立大学への入学は、ムスリムであるマレー系が優先されることから、マレーシアでは一般的なイメージに反して、イスラーム教徒の女性が教育に対して強い意欲をもつとともに、それが社会的に評価されていることがわかる。

表3 日本の女男別学生割合(2017年)、筆者作成
表3 日本の女男別学生割合(2017年)、筆者作成

 それに対して日本では、学部レベルからすでに男性の学生数が女性よりも多く、大学院にいたっては、女性の数は男性の半分以下に留まっている(表3)。実際、ジェンダー・ギャップ指数における「教育」の下位項目の一つである「高等教育(Tertiary Education)の在籍者数」に関して、マレーシアは1位であるが、日本は101位と大きく順位を落としている。

図1 マレーシアの女男別労働力参加率の推移、筆者作成
図1 マレーシアの女男別労働力参加率の推移、筆者作成

 高等教育への高いアクセスと比較すると、マレーシアの女性の労働市場への参加は、十分ではない。図1は、女男の労働市場参加率を表している。女性の労働力参加率は、2010年までの20年間、45%前後を推移しており、ほとんど変化がない。だが、近年では状況が改善し、男性(80%)とは差があるものの、その割合は54%まで改善している。これは、2010年に発表された「新経済モデル」や2011年の「第10次マレーシア計画」を通じて、女性の労働力市場への参加を目的とした総合的な施策が実施されたためである。たとえば、フレックス制、テレワーク、パートタイム制度の整備といった、柔軟な就労を促す政策に加え、セクハラ対策、育児休暇の充実、産休女性の保護、保育サービスの拡充などが合わせて実行された。2016年には、子育てや介護で仕事を一時中断した女性を再雇用した企業に褒賞を与える制度を導入したことでさらなる女性の就労が促され、一定の成果をあげている。

 また、2011年にマレーシア政府は、国内上位100社で女性の取締役(director)の数を、2016年までに30%に高めると宣言した。その数には遠く及ばないものの、2017年にはその割合はおよそ20%にまで改善している。同様に、会社で指導的立場にある女性の数は30%に達しており、企業で女性がキャリアを築くためのロールモデルが増えている。

表4 マレーシアの女男間の職業別賃金格差(2016年)、筆者作成
表4 マレーシアの女男間の職業別賃金格差(2016年)、筆者作成

 むろん、女性の労働力参加には数多くの課題が存在している。その一つが、賃金格差である。日本でも、女性の賃金は、平均して男性の7割であることが知られている。マレーシアでは、そうした格差はより少ないと信じられているが、実際にはいまだ大きな格差が存在している。表4は、分野別の女男の賃金格差を示している。この表によると、女性の賃金は、同一内容の男性の給与よりも10~30%分、少なくなっている。したがって、今と変わらぬ賃金で男性と等しい時間報酬で働くならば、女性はおよそ15時から17時の間に(9時~18時の8時間勤務、休憩1時間を標準とする)には退社すべきなのである(注3)。

(注3)この表を作成するために参照したサイトでは、次のように宣言されている。「女性たち。立ち上がれ、そして正当な賃金のために闘え!さもなくば……毎日4:21pmに退社せよ!」。

日本への示唆

 さて、こうしたマレーシアの現状や政策は、少子高齢化を背景に、女性の労働市場への参加を一つの政策目標としている日本にいかなる示唆を与えるものとなるであろうか。

 まず述べておかなければならないのは、マレーシアの状況は、女性にとってバラ色の世界を準備するものではないという点である。マレーシアの政策は、どちらかというと、女性の就労を促進するものが主であって、男性の家庭での家事やケアを促すものではない。そのため、マレーシア女性、とりわけ多産なマレー系の女性は、就労を促されることで、「ダブル・シフト(=労働と家事という二つの仕事)」を課せられるようになっているのである。また、家族構成(核家族/三世代家族)や家族文化(個人主義/集団主義)という、子育てや女性の就労をめぐる前提が異なっていることからも、単純な比較ができない点も付言すべきであろう。

 だが、日本において、結婚や出産・子育てのために、経済的要因が大きな影響を有していることを鑑みれば、いずれにせよ女性の労働市場への参加は不可欠である。そのため、マレーシアがおこなっている、フレックス制、再雇用の促進、セクハラに対する厳しい措置、女性管理職の増大といった施策は、必要最低限の措置であるといえる。また、保育所の拡充は重要であるが、核家族を前提とした場合、(主に男性に課されている)長時間労働を是正しなければ、女性の就労はやはり困難であろう。また、何より重要なのは、マレーシアのように目標を中長期的に設定し、かつその成果を絶えず評価するとともに、それを広く公表することである。

 日本は、マレーシアと同じく一党支配が続いているため、そうした長期計画をおこなうことができたにもかかわらず、少子化と女性の社会参加という点では、成果は乏しいといわざるをえない。今年9月、安倍首相は自民党総裁に三選され、理論上、あと三年間、総理としてタクトをふるい続けることができるようになった。安倍政権には、残りの期間、少子化問題を政策の一丁目一番地と位置づけ、女性の就労促進や移民政策についてより踏み込んだ議論をおこなうとともに、有効な政策を実施してもらいたいものである。

参考文献・サイト

Asian Institute of Finance, 2018, “Empowering Women: Diversity in Leadership Positions,” Asian Link, 29: 16-20.

iMoney.my Learning Centre, 2017, “Women Should Leave Work at 4:21pm. Here’s Why!.” (Retrieved 28 September 2018, https://www.imoney.my/articles/gender-wage-gap-malaysia)

Leaderonomics.com, 2017, “Women in Leadership Positions: Where Is Malaysia At?.” (Retrieved 28 September 2018, https://leaderonomics.com/leadership/facts-fiction-womens-agenda)

坂井澄雄, 2013, 『マレーシアの労働政策:中長期経済政策と労働市場の実態』労働政策研究・研修機構。