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イスラエル、ホロコースト記念日:生存者ら「次世代へのホロコーストの記憶の継承」強調

佐藤仁学術研究員・著述家
(ヤド・バシェム提供)

イスラエルのエルサレムにある、ヤド・バシェムは第2次大戦時にナチスドイツによって殺害されたユダヤ人らを追悼するための国立記念館。毎年4月にはヨム・ハショアと呼ばれる、ホロコーストで犠牲になった人々を追悼する休日がある。今年2022年は4月27日だった。毎年ヨム・ハショアの日には、多くのユダヤ人がヤド・バシェムに集まり、ナチスドイツによって殺害された約600万人のユダヤ人犠牲者に祈りを捧げる重要な行事である。イスラエルではヨム・ハショアの日にはサイレンが2分間にわたって鳴り響き、車に乗っている人も全員が道路に降りてきて、全土でホロコースト犠牲者を追憶して黙とうをする。いつもは喧噪のイスラエル中の町が沈黙する。

ヤド・バシェムでの追悼記念式典はインターネットで世界中にも配信されていた。ヤド・バシェムの館長が「次世代にホロコーストの歴史と生き残ることができたユダヤ人の記憶、経験を伝えていくことがとても大切」と語っていた。またポーランド、ハンガリー、オランダなどに住んでいてナチスドイツに迫害されたホロコースト生存者らが当時の映像や写真とともに、当時の経験を語り継いでいた。

ハンガリー出身のオルガ・カイ氏も「ホロコーストの歴史や経験を否定する人たちが現代には多くいます。そのようなホロコースト否定論とも戦っていくためにも、ホロコーストの歴史を語り継いでいくのはとても重要です」とホロコーストの歴史を現代、そして未来に語り継いでいくこの重要性を強調。イスラエルのベネット首相も参列して「ユダヤ人国家であるイスラエルは現在、世界でも最強の国家になりました」と挨拶していた。

▼ヤド・バシェムでのヨム・ハショアの日の追悼式のオンライン配信

ヤド・バシェムが積極的に取組む「記憶のデジタル化」

ヤド・バシェムでは約480万人のホロコースト犠牲者のデータベースがあり、それらは世界中からネット経由で閲覧することもできる。約600万人のユダヤ人が殺害されたが、残りの120万人は名前が判明していない。第2次世界大戦が終結して70年以上が経過し、ホロコースト生存者の高齢化が進んできた。生存者が心身ともに健康なうちにホロコースト時代の経験や記憶を証言として動画で録画してネットで世界中から視聴してもらう「記憶のデジタル化」が進められている。

またヤド・バシェムでは、ホロコースト当時の写真のデジタル化とオンラインでの展示も進めている。現在のようにスマホで誰もが簡単に撮影できる時代ではなかった。カメラも貴重なものだった。1枚1枚の写真が全てのユダヤ人の思い出が詰まっている。さらにヤド・バシェムではではホロコースト犠牲者の身元確認とデータベース構築も進められているが、ナチスドイツによって完全に消失したユダヤ人集落などもあり、全ての犠牲者の名前や写真を収集してデータベースに格納することは難航している。また写真だけは辛うじて残っているが、それが誰の写真なのか全くわからないものも多い。

戦後70年以上が経過しホロコースト生存者らの高齢化も進み、多くの人が他界してしまった。ヤド・バシェムなど世界各地のホロコースト博物館では、当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。

2022年のヨム・ハショアの日にヤド・バシェムでホロコースト生存者が集まり、当時の記憶を語りインターネットで配信していくことも「記憶のデジタル化」の一環であり、とても重要である。戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。現在、世界中の多くのホロコースト博物館、大学、ユダヤ機関がホロコースト生存者らの証言をデジタル化して後世に伝えようとしている。ホロコーストの当時の記憶と経験を自ら証言できる生存者らがいなくなると、「ホロコーストはなかった」という"ホロコースト否定論"が世界中に蔓延することによって「ホロコーストはなかった」という虚構がいつの間にか事実になってしまいかねない。いわゆる歴史修正主義だ。そのようなことをヤド・バシェム、ホロコースト博物館やユダヤ機関は懸念して、ホロコースト生存者が元気なうちに1つでも多くの経験や記憶を語ってもらいデジタル化している。

▼ヨム・ハショアの日のイスラエルでのサイレン

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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