ナチス時代のユダヤ人大量虐殺ホロコースト生存者がVR(仮想現実)でホロコースト時代の経験や絶滅収容所での生活の様子を解説したショートフィルム「Don't Forget Me」が2021年にイリノイホロコースト博物館によって製作された。2021年10月に開催されたバンクーバー国際映画祭にも出展されていた。

ホロコースト生存者のジョージ・ブレント氏は1930年ハンガリー生まれで14歳の時に両親、10歳の弟とともにアウシュビッツ絶滅収容所に移送される。その後、収容所の中でも最悪と言われていたオーストリアのマウントハウゼン強制収容所、エーベンゼー強制収容所に移送されたが、辛うじて生き延びることができた。マウントハウゼン強制収容所は、花崗岩採掘の採石場があり、そこでは囚人たちが重たい石材を担ぎ186段もある「死の階段」と呼ばれた石の階段を登って、石材を丘の上まで運ばされた。途中、サディスティックな看守の暴行で石段から突き落とされて、多くの囚人が殺害された。ナチの親衛隊は階段の頂上にたどり着いた囚人をわざと突き飛ばして、後ろに続く囚人たちがドミノ倒しのように次々に後ろに倒れてゆき、ついには石切り場に激突して絶命していった。

オーストリア、ポーランド、ウクライナで撮影された10分程度のショートフィルムだが、VRで当時の収容所や移送される貨車の中での様子を再現しており、ジョージ氏本人も登場して当時の様子を語っている。タイトルの「Don't Forget Me」も父親がアウシュビッツでジョージ氏に伝えた最後の言葉「私を忘れるな」からきている。

デジタル技術の進展によって、ホロコーストの教育や保存にVRが活用されてきている。ジョージ氏の体験を元に製作された「Don't Forget Me」だけでなく、他にも生存者が登場してVRで解説している動画は多くある。

ホロコーストの生存者は既に高齢であるため、記憶が鮮明で体力があるうちに記憶のデジタル化を進めようとしている。VRでの描写だから写真や本よりは、リアリティはあるが、それでも絶滅収容所や移送される貨車という地獄は100%再現できるわけではない。当時の絶滅収容所の臭い、温度、不衛生な環境、恐怖や悲しみといった人々の感情、飢え、強制労働、暴力、虐待、殺害といったそこでの地獄を本当に再現し追想できるのは体験者本人だけだ。現代の我々に求められるのはVRから当時の様子を思い描く想像力だ。

▼「Don't Forget Me」(VR)

(米国イリノイホロコースト博物館提供)
(米国イリノイホロコースト博物館提供)

(米国イリノイホロコースト博物館提供)
(米国イリノイホロコースト博物館提供)