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ホロコースト生存者、ナチス時代の反ユダヤ主義のポスターや絵画など15000点をドイツ歴史博物館に寄贈

佐藤仁学術研究員・著述家
ナチス時代の反ユダヤ主義を描いた絵ハガキやポスター(ドイツ歴史博物館提供)

ナチスのプロパガンダのための「反ユダヤ主義」を描いた歴史的に貴重なもの

第2次大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人、政治犯、ロマなどを殺害した、いわゆるホロコースト。そのホロコーストの生存者のウォルフガング・ハニー氏は1924年にドイツのベルリンで生まれた。父親はカトリック教徒だったが母親がユダヤ人だったため1935年のニュルンベルグ法でユダヤ人として差別の対象となった。そしてホロコースト時代には多くの親戚が殺害されたが、ハニー氏は辛うじて生き延びることができて、戦後は土木エンジニアの仕事をしながら、30年以上にわたってドイツやポーランドでホロコースト時代の様々な写真、絵画、ポスターなどを集めていた。ヨーロッパでは蚤の市や骨董品店のようなところで戦前の絵葉書や絵画、ポスターなどが安値で売られている。

そして2017年に93歳で他界された。そのハニー氏が収集していた15000点以上のホロコースト時代の写真、絵画、ポスターなどがベルリンにあるドイツ歴史博物館に寄贈された。ナチスや反ユダヤ主義の写真、ポスター、絵画、おもちゃ、カードなど当時の歴史がわかる非常に貴重なものばかりである。例えば「ユダヤ人は世界を征服しようとしている」といったナチスのプロパガンダを伝えようとする子供向けのおもちゃや絵本、「ユダヤ人は悪魔でアーリア人を騙すから要注意」といったカードなどである。

ヒトラーが政権を握った頃のドイツは全人口が約6700万人で、ユダヤ人は全人口の1%以下の約50万5000人しかいなかった。ユダヤ人の多くがベルリンなどの大都市に住んでいたため、ユダヤ人を見たことがないというドイツ人は地方や田舎にはたくさんいた。そのようなユダヤ人を見たこともない地方のドイツ人にとってユダヤ人は"想像の世界に住む人たち"のような存在だった。テレビもなかった当時は「ドイツ人の生活が苦しいのはユダヤ人のせいだ」といったナチスのプロパガンダを信じ込みやすかった。またこのような「ユダヤ人は世界を征服しようとしている」といった子供向けのおもちゃ、絵本、カードなどで教育することによって子供たちも親たちも「自分達の生活が苦しいのはユダヤ人のせい、ユダヤ人は差別しても良い」といった意識が形成されやすかった。

今回のハニー氏のホロコースト時代の写真、絵画、ポスターなどの寄贈について、ドイツのモニカ・グリュッタース文化大臣は「歴史的にとても貴重なものばかりです。ドイツが人権を無視した犯罪を犯して、人種差別主義につながっていくことがわかるものばかりです。現在の私たちにとっても学ぶべきことがたくさんあるものばかりです」と語っていた。

▼ナチス時代の反ユダヤ主義を描いたカードゲーム「OLD MAIID」

(ドイツ歴史博物館提供)
(ドイツ歴史博物館提供)

戦後70年以上が経過しホロコースト生存者らの高齢化も進み、多くの人が他界してしまった。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。またホロコーストの犠牲者の遺品やメモ、生存者らが所有していたホロコースト時代の物の多くは、家族らがホロコースト博物館などに寄付している。特に新型コロナウィルス感染拡大によるロックダウンで多くの博物館が閉鎖されてしまってからは展示物のデジタル化が加速されており、バーチャルツアーで世界中の人が閲覧できるようになっている。

欧米では主要都市のほとんどにホロコースト博物館があり、ホロコーストに関する様々な物品が展示されている。そして、それらの多くはデジタル化されて世界中からオンラインで閲覧が可能であり、研究者やホロコースト教育に活用されている。いわゆる記憶のデジタル化の一環であり、後世にホロコーストの歴史を伝えることに貢献している。

▼ナチス時代の反ユダヤ主義を描いた絵ハガキやポスター

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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