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ブルガリアのユダヤ教会にナチスのカギ十字と「1488」の落書き:反ユダヤ主義の隠語「1488」とは?

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

2021年8月にブルガリアの首都ソフィアにあるシナゴーグ(ユダヤ教の教会)の壁に、ナチスドイツのシンボルのカギ十字と、「1488」と落書きがされていた。ナチスドイツが支配した欧州諸国では、ユダヤ人は差別迫害されて、600万人が殺害された。いわゆるホロコーストである。その時にもシナゴーグにはこのカギ十字が書かれて、ナチスの親衛隊や地元住民らに襲撃されて歴史的な建築物も徹底的に破壊されて、重要な書物も全て燃やされてしまった。

全世界規模で活動しているユダヤ団体のB’nai B'rithも、ブルガリア当局に対してユダヤ人の安全確保を呼びかけていた。日本では馴染みがないが、欧米や中東諸国では今でも反ユダヤ主義が根強く、ユダヤ人は差別の標的にされている。

(B’nai B'rith提供)
(B’nai B'rith提供)

絶対的にタブーのカギ十字「卍」

ナチスドイツのシンボルだったカギ十字(ハーケンクロイツ)は欧州やアメリカではナチスを連想させることから絶対的にタブーのマークである。日本人でもタレントや若者がSNSで「まじまんじ」という表現で寺院の地図記号「卍」の記号を掲載している人が多い。だが欧米の人たちからは「卍」はナチスのカギ十字とはデザインの方向が違うとはいえ、ナチスのカギ十字を連想させることから、忌み嫌われるタブーの象徴のようなマークである。

特にユダヤ人にとって「卍」のマークはナチス時代の差別迫害の脅威と、ホロコーストの大量虐殺で家族を失ったような辛い思い出しかない。ホロコースト教育が行われている欧米では、SNSで「卍」を投稿することはほぼない。SNSで「卍」を投稿する人は、ほとんどが反ユダヤ主義者かネオナチである。欧米の人には「卍」はナチスのカギ十字しか連想しないので、日本人の若者が使う「まじまんじ」の「卍」の意味も日本語も全く理解できない。

2021年7月に開催された東京オリンピックの開会式で関係者が過去にホロコーストを揶揄したパフォーマンスをしていたことから、サイモン・ウィーゼンタール・センターが全世界に向けて抗議文を発表していた。そして、外務省も外務大臣談話として「極めて不適切であり、受け入れられるものではありません。深くお詫びする」と即座に謝罪文英語版)を全世界に向けて発表して、関係者も即解任されていた。ホロコーストやナチスに関しては「20年前の話だから」「知らなかった」ということでは許されない非常にセンシティブな問題である。心当たりのある方は速やかに消しておくと良いだろう。

白人至上主義者のスローガン「14」

今回、さらに「1488」とも落書きされていた。「1488」とは日本人には全く馴染みもないし、この数字の羅列がいったい何が脅威なのかも不明な人も多いだろう。

まず「14」であるが、これは白人至上主義者が使う14文字のスローガンのことを指している。「We must secure the existence of our people and a future for white children」の14文字で「白人の子供たちの将来のためにも、私たち白人の存在をこれからも維持していかなければならない」というアピ―ルで、他の民族や人種に主導権を取られることはない、これから将来も白人が支配していくことを主張している。つまり白人至上主義者の主張の隠語である。

「ハイル・ヒトラー」の「88」

そして「88」だが、これはナチスドイツの総統だったヒトラーを称える「ハイル・ヒトラー」のことである。「Heil Hitler」(ハイル・ヒトラー)の頭文字「H」がアルファベットで8番目であることから、「88」で「ハイル・ヒトラー(Heil Hitler)」を表している。

説明されないと何のことか、理解しがたいかもしれないが、ネオナチの隠語で、反ユダヤ主義の強い欧米では、ユダヤ団体のSNSなどに「88!」が書き込まれており、すぐに削除されている。日本ではSNSなどで「888888・・」と書いて拍手(拍手のパチパチの擬音語)を表現することがあるが、欧米では「ハイル・ヒトラー」の連呼の隠語である。

日本ではライブ配信などで演者に対して拍手を表して「888888・・・(パチパチパチ)」と「8」が連打しているが、日本語が理解できない欧米の人が見たら、ネオナチが集って「ハイル・ヒトラー」を連呼している恐ろしいライブ配信にしか見えない。YouTubeライブなどで配信が終わる前にと拍手の意味で多くの人が「888888・・・」と投稿している。これは欧米人から見たら狂気の沙汰であり、ユダヤ人が見たらナチス時代のホロコーストの悪夢の再来で震えが止まらない投稿である。

インターネットでのライブ配信は世界中の誰もが見られる。"日本人しか見ていないから「8888・・」を投稿をしても大丈夫だろう"と安直な気持ちでいると、大きな問題になりかねない。再び書くがホロコーストやナチスに関しては「知らなかった」ということでは絶対に許されない非常にセンシティブな問題なのだ。

SNSにも大量に投稿されている反ユダヤの隠語

今回のユダヤ教会へのナチスのカギ十字や「1488」の落書きは露骨な攻撃的な内容である。だが、世界的にもまだ反ユダヤ主義が根強いことから、ホロコースト否定や反ユダヤ主義に関するSNSへの投稿は多い。

露骨にホロコースト否定や反ユダヤ主義に関する内容であれば、すぐに削除もできる。だが、そのようなわかりやすい投稿はすぐに削除されるので、このような隠語や仲間内でしかわからないような言葉、新しい表現などで投稿されることも多く、全てのホロコースト否定の投稿を削除することは容易ではない。例えば「あんなことはなかった」といった文脈からでしか推測できないような表現や、この「1488」のように知っている人にしかわからない表現が多く、そのような投稿をSNSから削除していくことは至難の業である。

▼ユダヤ団体のB’nai B'rithの投稿

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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