Yahoo!ニュース

イタリアでワクチン未接種者が抗議デモ アウシュビッツ生還者「お願いですから誰も傷つけないでください」

佐藤仁学術研究員・著述家
(ANSA提供)

「ワクチンパスポート提示は独裁的でナチスのようだ」と反対デモ

イタリアでは8月からレストランやバー、映画館、劇場、ジムなどに入るのに、新型コロナウィルス感染予防のワクチン接種をしたことを証明する、いわゆるワクチンパスポート提示を政府が義務付けようとしている。それに対して、ワクチン接種に反対する人々がデモを行っていた。欧米ではワクチン接種を希望している人も多いが、政府からワクチン接種を強制されることに反対している人も多い。反対デモの中で、政府のワクチン接種の強要とレストランや劇場などに入る際のワクチンパスポート提示の義務化は独裁的であり、ナチスドイツのようだと政府の政策に反対していた。そして多くの人がナチスドイツ時代にユダヤ人が強制的に着用させられた黄色い星を着用してデモに参加していた。

欧米では「ロックダウンで外出が制限されたり、マスクの着用を義務付けられたりといった、不自由な生活=ホロコースト時代のユダヤ人がゲットーに閉じ込められて迫害された不自由な生活」、「政府による強制的なロックダウンやマスク着用=ナチスドイツの全体主義」というイメージを持つ人が多い。

そして欧米では新型コロナウィルスのパンデミックの不自由な状況やマスク着用の義務化をホロコーストに例えるたび、当時のユダヤ人の悲惨な境遇や生活とは異なると、「ホロコーストに例えることは犠牲になったユダヤ人に失礼だ」「迫害されていたユダヤ人とは状況が違う」などと言われていつもネットで炎上している。

ホロコースト時代に差別標的のために黄色い星を着用させられたユダヤ人

第二次世界大戦の時に、ナチスドイツが約600万人のユダヤ人を殺害した、いわゆるホロコースト。黄色のダビデの星はナチスが政権を握った国や地域では、ユダヤ人を差別迫害し隔離するために、ユダヤ人には人々の目に見えるように衣服に黄色い星を縫い付けさせた。黄色は欧州では呪われた色だった。

特に西欧諸国では外見からはユダヤ人を見分けるのは困難だったため、黄色い星が縫い付けられた服を着用しているのがユダヤ人の証で、黄色い星をつけたユダヤ人は公共の場所や映画館、公園、店舗などに入ることも禁じられた。そして黄色い星は「この人はユダヤ人なので殴ったり、嫌がらせをしたりしても構わない」とわかりやすくするためのものだった。またアウシュビッツなどの収容所に貨車で移送されたユダヤ人の荷物の選別をしていた囚人は、ユダヤ人が持ってきたトランクから衣類を取り出して、それらに縫い付けられている黄色い星を剥ぎ取る仕事をしていた。黄色い星を剥ぎ取られた衣服はユダヤ人を移送してきた貨車に載せられて、戦中で物不足のドイツに送られ一般市民の古着として活用された。

つまり、「ワクチンを接種していない人」であることを外見からもわかるように「黄色い星をつけさせられている」という形でを表明して、「自分達は政府から差別されている」ということをアピールしてデモを行っている。このユダヤの黄色い星に例えられたのも、今回が初めてではなく、もう欧米では何回もあり、その都度ネットでは「ワクチン未接種の人をホロコースト時代のユダヤ人に例えるのはおかしい」「迫害されていたユダヤ人とワクチンを接種していない人とでは置かれている状況が違う」といった声が多く上がり、ネットで大炎上している。

「ワクチン接種に反対するのであれば、家にいて外に出なければよいです。そうすれば、誰も傷つけません」

イタリアでのデモでナチスドイツのユダヤ人政策と政府のコロナ対策の政策を比較していることに対して、イタリア系ユダヤ人でアウシュビッツ絶滅収容所の生存者のリリアナ・セグレ氏が「ホロコースト時代のユダヤ人の置かれた立場と現在の新型コロナウィルスのワクチン接種の状況は大きく異なります」と訴えていた。

セグレ氏は1930年9月にミラノで生まれたユダヤ系イタリア人。ただユダヤ系というだけの理由で、アウシュビッツ絶滅収容所に移送された。父とはアウシュビッツ絶滅収容所で別れてから、二度と会えていない。「75190」という番号を腕に入れ墨されて、人間性を奪われて、地獄のような労働をさせられてきた。そして

1945年1月には「死の行進」と呼ばれる、歩いてアウシュビッツ絶滅収容所のあるポーランドからドイツの収容所まで行くことを強制された。途中で倒れたら銃殺される行進をさせられても、辛うじて生き延びることができた。親戚で生き残ったのは彼女と母方の祖父だけだった。そして2018年にはイタリア大統領のセルジョ・マッタレッラ氏から生涯上院議員に任命された。

セグレ氏は「政府の新型コロナウィルス対策の政策をユダヤ人の置かれた状況やナチスドイツにたとえるのは、非常に悲しいことですし、間違っています。このような時代だからこそ、もう一度、寛容と暴力について考えてみて下さい。このような間違った考えでのデモでの呼びかけは、ユダヤ人犠牲者に対して失礼な行為です。黄色い星やナチスドイツのマークなどは、ホロコーストで犠牲になった方々と家族に当時の記憶を呼び起こします。ワクチンを接種しないと、怖い病気(コロナ)に罹患するかもしれません。ワクチン接種しないことには反対はしません。でもそれが、どうしてホロコーストで犠牲になったユダヤ人と同じなのでしょうか?ワクチンを接種しない人はマイノリティ(少数派)を代表しているからでしょうか?よく考えてみて下さい。私は2月にワクチン接種をしましたが、接種をしたら"(ユダヤ人だから)ファイザーから貰えたのか?"といった反ユダヤ主義の書き込みがありました。とても残念なことです。ワクチン接種に反対するのであれば、家にいて外に出なければよいです。そうすれば、誰も傷つけません。お願いですから外に出て、誰かを傷つけないでください」と語っていた。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

佐藤仁の最近の記事