第2次大戦時にナチスドイツが約600万人のユダヤ人、政治犯、ロマなどを殺害した、いわゆるホロコースト。そのホロコーストの象徴のような施設が、ポーランドに設立されたアウシュビッツ絶滅収容所で、アウシュビッツでは約110万人が殺害された。ナチスドイツの収容所政策は「労働を通じた絶滅」だったので、死ぬまで働かされ、働けない子供や老人は収容所に到着直後に選別されてガス室で殺害された。

そのアウシュビッツ絶滅収容所から奇跡的に生還した女性フリッツェ・フリツシャル氏が91歳で亡くなられた。フリツシャル氏は戦後1946年に、アメリカのイリノイ州に移住して、2010年からイリノイホロコースト博物館の館長を務めていた。欧米では現在でも反ユダヤ主義が根強く、ユダヤ人に対する民族憎悪やヘイトスピーチが多いが、彼女はそのような反ユダヤ主義や民族憎悪に対抗するために積極的にホロコースト時代の経験を語って来た。シカゴ・カブスのファンで気さくなおばあちゃんという感じで、ホロコーストや民族憎悪を語る時にも優しい眼差しで当時の辛い経験を語っている。

チェコスロバキアで生まれたユダヤ人だったフリツシャル氏は13歳の時に家族全員がアウシュビッツ絶滅収容所に移送され、彼女だけが生き残ることができた。「労働を通じた絶滅」を行っていたアウシュビッツ絶滅収容所では15歳未満は到着後にガス室で処刑されてしまったが、彼女は15歳以上の列に並んでガス室行きを免れて、地獄の収容所を奇跡的に生き残ることができた。

そしてフリツシャル氏は亡くなってしまったが、彼女の記憶はホログラムとして現在でもイリノイホロコースト博物館に展示されており、死後になってもリアルタイムに会話をしてホロコーストの経験を語ることができる。アメリカでは州によってホロコースト教育が必須のところもあり、ホロコースト博物館には多くの学生が訪問して当時の歴史や生存者の体験を聞いて学習している。

これは南カリフォルニア大学ショア財団が開発したホログラムで、ホロコースト生存者とのインタラクティブな対話ができる。ホロコースト生存者がホログラムや3Dで目の前に現れて、AIによってインタラクティブにホロコースト時代の体験について質問に答える仕組みになっている。あたかも、目の前にホロコーストの生存者がいるように、質問に対してリアルタイムに答えてくれる。フリツシャル氏がロサンゼルスのスタジオに出向いて、5日かけて40時間にわたって数千の質問に答える収録と撮影を行った。

「移送される列車の中では食べ物もなく空腹で寒く、喉の渇きが酷く、多くの人が喉の渇きで水を求めて死んでいきました。私の祖父もアウシュビッツに移送される時の列車の中で死にました」、「アウシュビッツに到着した時に、近くにいたユダヤ人がイディッシュ語で"いい、あなたは15歳よ、15歳と言うのよ"と教えてくれて、15歳の列に並ぶことができて生き延びることができました」といった会話を死後の現在でも目の前に現れてリアルタイムにしてくれる。

このようにホロコーストの生存者らが高齢化しても、あるいは亡くなってからでも、ホログラムで登場して未来の世代にホロコーストを語り継いでいくことができる。南カリフォルニア大学(USC)にあるショア財団は、ホロコーストを題材にした映画『シンドラーのリスト』の映画監督でユダヤ人のスティーブン・スピルバーグが寄付して1994年に創設された。ショア財団ではホロコースト時代の生存者の証言のデジタル化やメディア化などの取組みを行っている。戦後70年以上が経過し、ホロコースト生存者の高齢化が進み、当時の記憶も薄れていき、体力的にも証言を取るのが難しくなってきており、これまでにも多くの証言を集めて来たが、今後あと10年が勝負である。

▼イリノイホロコースト博物館制作のフリッツェ・フリツシャル氏の紹介動画

▼フリッツェ・フリツシャル氏の死去を伝える地元シカゴのメディアのニュース

▼ホログラムでホロコースト経験を語るフリッツェ・フリツシャル氏

(イリノイホロコースト博物館提供)
(イリノイホロコースト博物館提供)

▼フリッツェ・フリツシャル氏の死去を伝えるイリノイホロコースト博物館のツイート