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ホロコースト生存者はそうでない高齢者より新型コロナ感染に孤立感と恐怖を感じる:イスラエルの大学が調査

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

 世界規模で新型コロナウィルス感染拡大が進んでおり、国によっては再び外出自粛やロックダウンが行われている。2020年に入ってから、ロックダウンや外出自粛で家族や友人とも会えないという人も世界中で多い。そのような状況の中、ホロコースト生存者の高齢者の方が、ホロコーストを経験しなかった高齢者よりも、新型コロナの感染拡大や、ロックダウンに対して孤立感や不安などの恐怖の感情を抱いていることがイスラエルのバル・イラン大学の調査の結果、明らかになった。学術ジャーナル「Journal of Psychiatric Research」に発表している。

 第二次世界大戦時にナチスドイツによって約600万人のユダヤ人が殺害された、いわゆるホロコースト。戦後70年以上が経過し、多くのホロコースト生存者らも高齢化している。新型コロナウィルスの感染拡大によって欧米やイスラエルでは多くのホロコースト生存者も死亡した。また欧米では新型コロナウィルスの感染拡大に伴うロックダウンや外出自粛をホロコースト時代にユダヤ人が潜伏していたり、ゲットーに隔離されていたことに例えられることも多く、そのことについてホロコースト生存者は、当時のホロコーストでのユダヤ人の状況はもっと悲惨であり、明日殺されるかもしれなかったので、現在の新型コロナウィルスのロックダウンとは大きく違うと主張している。

ホロコースト時代に感染症や病気で苦しんだ人たちほど新型コロナでも精神的な苦痛

 調査結果によると「ホロコーストでの悲惨な経験によるPTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)があり、現在のコロナ拡散でのロックダウンの状況が過去の記憶やトラウマを思い出しているのかもしれません」と述べており、ホロコーストを経験した生存者の高齢者の方が、ホロコーストを経験したことがない高齢者よりも、PTSDが高く、新型コロナウィルスの感染拡大や、それに伴うロックダウンに対して孤立感を感じていることを明らかにした。また「多くのホロコースト生存者はパンデミックが続く中で、心理的な負担が大きくなってきている。特に最も精神的な苦痛を感じているホロコースト生存者は、ホロコーストの時代に感染症や病気にかかっていた人々でした」とバル・イラン大学のアミット・シュリア教授は語っていた。

 ホロコースト時代に劣悪な衛生環境での生活を強いられていたユダヤ人の周囲には多くの病気や感染症が蔓延していた。結核、赤痢、チフスなどで多くのユダヤ人が命を落とした。ユダヤ人は特に東欧ではゲットーに隔離されたが、ゲットーの中は特にチフスや結核が蔓延していた。ゲットーに隔離される前から、ユダヤ人は差別され病院にかかれず、酷い生活環境だったことから、チフスにかかる人が多かったので、ユダヤ人は集まって礼拝することを禁止された。そのため、ユダヤ人を隔離してほしいとゲットー建設の声が上がっていた。ゲットーでのユダヤ人の死因で多いのは飢えに次いで、チフスだった。1941年8月のワルシャワゲットーでは6,000~7,000人がチフスに冒された。当時のゲットーでは、下水からは汚水が溢れ、家を失った人は道路で用を足した。狭い場所にたくさんの人間が詰め込まれて暮らしており、さらに綺麗な水も不足し、石鹸やタオルは貴重品となり、チフスが蔓延するのは当然の環境だった。そしてチフスに罹患しても患者はチフスそのものが原因ではなく、食糧不足の飢えによる衰弱で死んでいくことも多かった。またユダヤ人の中でも上流階級の人にとってはチフスの抵抗力がないから、すぐに死んでしまっていた。チフス患者が出ると、保健所や衛生局に届け出る必要があり、患者は隔離され、患者が出た建物は閉鎖され、そこに住んでいる人々も衛生のために丸坊主にされた。アパートでは全館消毒が行われる必要があり、消毒の時に略奪や破壊も行われたので、チフス患者が出ても誰も当局に申告しなかったので、ますます拡大していった。それでもチフスに罹っても、貧しい人は自分の家で死ぬことを選んでいた。また、絶滅収容所には衛生設備はほぼ何もなかったうえに生活条件はさらに酷く、伝染病、赤痢、チフス、あらゆる種類の皮膚病を引き起こした。

 このようなチフスや感染症などの経験をホロコースト時代に身近でしていた生存者らは、現在の新型コロナウィルス感染拡大に対しても、ホロコーストを経験していない高齢者よりも、過去の悪夢を思い出し孤立感や恐怖を感じている。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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