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米国、ホロコースト生存者のドキュメンタリーフィルム:進む記憶のデジタル化

佐藤仁学術研究員・著述家
若き日のSteve Ross氏( steverossfilm.org提供)

 第2次大戦時にナチス・ドイツがユダヤ人、ロマ、政治犯など約600万人を殺害した、いわゆるホロコースト。戦後70年以上が経ち、ホロコーストの生存者は年々減少しており、ホロコーストの経験や当時の様子を語れる人も少なくなってきている。生存者や体験者が生きていて、記憶が鮮明で体力があるうちに、彼らの経験をインタビューしたり動画で撮影してデジタル化して後世に伝えていこうとする動きがイスラエルや欧米ではホロコースト博物館やヤドバシェムを中心に積極的に進められている。

 ホロコースト経験者たちの記憶のデジタル化はインタビュー動画だけでなく、ドキュメンタリーフィルムとしてホロコースト生存者の声を次世代に伝えようとする動きもある。アメリカ・ボストンに在住のSteve Ross氏の生涯を描いたドキュメンタリーフィルム『Etched in Glass: The Legacy of Steve Ross』もその1つだ。この作品は2017年に『Audience Awards for Best Documentary at Rhode Island International Film Festival and Boston Jewish Film Festival 2017』を受賞。生存者が淡々と当時の様子を語るインタビュー動画よりもドキュメンタリーフィルムの方が制作に時間と費用はかかるが、見たときのインパクトは強く、心に残る。

 Steve Ross氏はポーランドのウッヂで生まれて、9歳の時にナチス・ドイツに捕まり、5年間で10カ所以上の収容所を転々とたらい回しにされて、生きるか死ぬかの地獄のような体験をしてきた。そして1945年にドイツ・ミュンヘン郊外にあるダッハウ強制収容所でアメリカ軍によって解放され、かろうじて生き延びることができた。Steve Ross氏は解放された時に英語はできなかったが、救出に来てくれて、世話をしてくれたアメリカ兵の笑顔を忘れられなかった。またその時にアメリカ兵がSteve Ross氏にくれた小さなハンカチサイズの星条旗が自由の象徴のように思えた。Steve Ross氏は1948年に孤児としてアメリカに移住し、それからずっとボストンで暮らしており、ホロコーストの経験を語り継いできたり、ボストンにあるニューイングランド・ホロコースト・メモリアルの創設にも貢献してきた。

 アメリカのあらゆるところにホロコースト博物館やメモリアルがあり、ホロコースト教育が行われているが、アメリカではいまだに反ユダヤ主義が根深い。戦時中はナチス・ドイツに迫害されてアメリカに亡命を希望していたユダヤ人の入国を拒否していた。またアメリカ人にとって当時のホロコーストはヨーロッパ大陸での出来事であり、身近な問題ではなかった。

 Steve Ross氏のドキュメンタリー映画のプロデューサーの1人で、母親が同氏と同じポーランドのウッヂ出身のTony Bennis氏は「このドキュメンタリーフィルムは、ヘイトスピーチや民族憎悪が急激に台頭している現在のアメリカ社会の問題にも通じるところがあります。フィルムが完成して公開したら、Steve Ross氏の世代やその子供の世代にも響いて反響がありました。また10代の子供たちもフィルムを観て涙していました」とコメントしている。

『Etched in Glass: The Legacy of Steve Ross』トレーラー

2018年リバイズ版トレーラー

『Etched in Glass: The Legacy of Steve Ross』

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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