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米国のユダヤ博物館、ホロコースト生存者とパネルを通して「バーチャル対話」8月末まで展示

佐藤仁学術研究員・著述家
(Museum of Jewish Heritage)

 アメリカのニューヨークにあるユダヤ歴史博物館で2017年9月から、ナチス時代のユダヤ人大量虐殺ホロコーストの生存者たちとデジタルで「バーチャル対話」ができる展示を行っている。この展示は試験的に行っているもので、2018年8月末まで展示されている。

 ナチスドイツ時代にホロコーストの犠牲者は欧州全土で600万人以上。ホロコースト生存者らを高精細カメラで収録して、音声認識技術で見学者が質問したことに対して、パネルに映る生存者らとバーチャルで対話ができる。展示名は「証言の新たな側面(New Dimensions in Testimony)」。このシステムは南カリフォルニア大学のショア財団研究所が開発に協力。生存者から52,000以上のインタビューを通じて製作した。

(Museum of Jewish Heritage)
(Museum of Jewish Heritage)

アンネフランクの義理の姉もパネルで回答

 生存者のほとんどがもう高齢だ。展示で対話できる生存者は、トロント在住のPinchas Gutter氏(85歳)とロンドン在住のEva Schloss氏(88歳)。Eva Schloss氏はナチス占領下のオランダで隠れ家で「アンネの日記」を書いたアンネフランクの義理の姉で、1945年に収容されていたアウシュビッツで解放された。

 2人ともパネルを通じて、リアルタイムで質問に回答が可能。例えば「死の行進はどういうものだったの?」と尋ねると、音声を認識してパネルを通じて「囚人は2週間以上も歩かされて、半分しかテレジエンシュタットに到着できなかった。残りの囚人は途中の道路で殺されたか、死んでいった」とバーチャルに回答してくれる。他にもEva Schloss氏にアンネフランクについて尋ねると「アンネはとても賢い子だった」と回答する。2人とも南カリフォルニア大学で5日間にわたって1500以上の質問に回答。

パネルを通じてなら、聞きにくい質問も

 本展示を企画したHeather Smith氏は「バーチャル対話はホロコーストの映像資料や歴史書の読書とは異なり『生存者の個人の歴史』を学習することができる」とコメントしていた。ユダヤ歴史博物館のMiriam Haier氏は「パネルでの生存者との対話を通じて、博物館を訪問してくれた人たちが、ホロコーストが個人にとってどのようなものだったのかを理解することができる」とコメント。さらに「ホロコーストの体験者に、直接面と向かっては聞きにくいような質問でも、パネルを通してであれば質問できることもある」と語っている。実際にホロコースト生存者の多くは当時を思い出したくないということから、ホロコーストを知らない世代に対して当時のことを語りたがらない人も多い。

 ホロコースト生存者の多くが高齢化しており、当時の記憶がある人のほとんどが85歳以上で、その数は年々減少している。これは仕方ないことだ。そのためにも、ホロコースト生存者が存命で記憶が鮮明なうちに、多くの証言を収集して、記憶と対話のデジタル化を推進しようとする動きが現在、世界中で進められている。

 

 パネルを通して生存者の顔を見て、様々な質問をして、声を聞くことは、紙の本で証言集を読むよりもホロコーストのリアリティを実感できる。ニューヨークのユダヤ歴史博物館でのパネルでの生存者との対話の展示は2018年8月末までだが、これからも世界中のどこかの博物館で展示されることが期待されている。ホロコースト生存者たちの証言や質問に対してインタラクティブかつリアルタイムに回答してくれることの意義は大きい。

▼ニューヨークのユダヤ歴史博物館の様子を伝える動画(Museum of Jewish Heritage)

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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