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アウシュビッツをVRで追体験「収容所のリアルを伝えたい」:イタリアのユダヤ団体が支援

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

 ナチス時代に600万人以上のユダヤ人やロマらが殺害された。いわゆるホロコーストだが、その中でもアウシュビッツ絶滅収容所では110万人以上が殺された。

 イタリアのユダヤ人コミュニティ(Union of Italian Jewish Communities:UCEI)が支援して、イタリアの開発スタジオがアウシュビッツをVRで追体験できる動画「Witness:Auschwitz」を制作している。アウシュビッツを経験した人で、奇跡的に生還できた生存者らも高齢になり、当時の体験を語ることができなくなっている。そこでVRでアウシュビッツを追体験できる動画を制作している。

下記がVR動画での一部。サイレンや番犬の吠える声、看守の命令が臨場感を醸し出している。

VRで「収容所のリアルを伝えたい」

 開発責任者のDaniele Azara氏は「アウシュビッツという極限を経験した人が、どんどんといなくなっている。本や映像だけでは経験できないアウシュビッツをVRを通じて体験して欲しい。世界中で教育に使えるような動画を作っていきたい。VRを通じて、収容所での日々の生活を追体験してもらいたい。例えば、看守からシャベルを渡されたら、死んだ人たちの墓を掘らされることだ。そこではモーターサイクルのエンジン音が鳴り響いていた。なぜなら、ガス室からの悲鳴を聞こえなくさせるためだ。このような収容所での日常の実態をリアルに伝えたいし、理解してもらいたい」とコメント。

『死の体験』ではなくて『生の存続』

 制作チームの誰もが当時の様子を知らないし、アウシュビッツの経験もないことから、VR制作には苦労しているようだ。「例えば、夜にはバラックの中には電気があったのだろうか。詳細は体験した人に聞いて確認しながら制作している。細かいところまで当時のアウシュビッツをできるだけリアルにVRで再現できるようにしないといけない。400人が収容できるバラックは、実際には1,500人の囚人でいっぱいで身動きもとれなかった。このような絶滅収容所での囚人の日常生活や、本を読むだけでは実感できないようなことも、VRで追体験して欲しい。とにかく我々の想像を絶するような世界だ」とプロデューサーのDavid Gallo氏は語っている。

 VRでの動画は7歳から見られるような設定にしたいとのことで、死体などの残虐過ぎるシーンは挿入させないようにしていくようだ。「この追体験は『死の体験』ではなくて、『生の存続』を感じてほしい。どのような恐怖に置かれた状況で、何が起こるかわからない環境下でも、命は続いているということを感じてほしい」とDaniele Azara氏は語っている。

VRでどこまで地獄が伝わるか

 VR技術の発達でホロコーストの教育や紹介にVRが活用されてきている。またホロコーストは生存者の高齢が進み、証言や記憶のデジタル化が世界規模で進んでいる。

 VRでの描写は、確かに本で読むよりも、リアリティは感じるだろう。だが、それでも人間処理工場と呼ばれる殺戮施設だったアウシュビッツの地獄は100%再現できるわけではない。

 当時の絶滅収容所の臭い、熱さや寒さ、不衛生な環境、恐怖や悲しみといった人々の感情、病気の苦しみ、愛する人との別れ、不安、飢え、強制労働、暴力、虐待、殺害といった本当の地獄を理解しているのは、体験者だけだ。現代の我々に求められるのはVRから当時の様子を思い描く想像力だ。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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