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製造業から脱却したいApple、動画配信サービスへ参入か?

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

Appleが10億ドル投入して番組制作を行う予定だと報じらた。その記事を以下に引用しておく。

アップル、10億ドル投じ独自番組を制作へ

Appleは、今後1年間で10億ドルを投じて新しいエンターテインメントコンテンツを制作するつもりだという。The Wall Street Journal(WSJ)が米国時間8月16日に報じた。

その金額からは、Appleがオリジナルコンテンツ事業への参入をどれだけ真剣に捉えているかがうかがえる。この分野では、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」や「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」など、高い評価を得て商業的にも成功した番組を制作することのメリットがNetflixによって実証されたことを受けて、Apple以外にも大手テクノロジ企業が参入を図っている。Amazon、Hulu、そしてGoogle傘下のYouTubeが、オリジナル番組の制作に多額の資金を投じている。WSJによると、その金額で最大10本の番組が制作できるという。

高い人気と高い評価を受ける番組を制作するのは容易ではない。Appleは「Apple Music」サービスで既に、「Planet of the Apps」と「Carpool Karaoke」という2つの番組をリリースしている。どちらも広く高い評価を受けることはなかった。

10億ドルは大金のように思うかもしれないが、同社が次の四半期だけで490~520億ドルの売上高を上げることを考えれば、大した金額ではない。

出典:ヤフーニュース(8月17日)

オリジナル番組制作で活路?

 記事内にもあるように、多くの企業が既にオリジナル番組を制作して有料課金で配信している。いわゆるHuluやNetflix、Amazon Primeに代表されるSVOD(定額動画配信:Subscription Video on Demand)だ。最近ではFacebookも動画配信サービスに参入すると報じられていた。これにAppleも続くのだろう。

 確かにAppleは過去にもオリジナルコンテンツを制作して配信してきたが、成功してきたとは言い難い。だが、動画コンテンツは一発当たると大きい。特にコンテンツの「好き・嫌い」は主観であり、ディズニーのように世界中でヒットするようなコンテンツを制作することの方が珍しい。今回も10億ドルで最大10本のコンテンツを制作すると報じられている。つまり10本のうち1本でもヒットすれば、残りの9本が不発に終わっても元を取ることもできる。但し、動画コンテンツは常に新しい作品を作り出して、視聴者を魅了していく必要がある。そうしないとすぐに解約されてしまう。

 日本でも最近でこそHuluやNetflixなど有料でネットで動画を視聴する人が増加してきた。だが日本は昔から「番組にお金を払う」という意識が少なかった。現在でもネットでの動画はYouTubeが主流だ。だがアメリカでは以前からCATV(ケーブルテレビ)が普及していたため「番組を視聴するのにお金を払う」ことへの抵抗は少ない。そのため多くの人がNetflixなどSVODに契約して、ネットで動画を視聴している。

 そして良いコンテンツ、すなわち「お金を払ってでも見たいコンテンツ」であれば、多くの人がお金を払ってでも視聴するということはNetflixやAmazon Primeが証明している。Appleとしても、このビジネスチャンスを逃すわけにはいかない。

製造業からの脱却を図りたいApple

 ではどうしてAppleはオリジナル動画制作に乗り出そうとしているのか。

 Appleの売上の約6割はiPhoneだ。残りがiPadやMacなども含めて約8割が製品(プロダクト)だ。iPhone7など新製品が登場すると売上も向上するが、新製品が出ない時期は売上も伸びない。売上の9割以上を広告で占めているGoogleやFacebookと違って、Appleはプロダクトを製造して販売して収益をあげる、いわゆる製造業(メーカー)だ。

 Appleは値下げしないので、世界中で高い値段で製品を販売している。そのようなことを可能にしているのは、Appleのブランド力だ。ブランド力に依存しているが、同等のスペックの製品は多くのライバル企業からも出荷されている。そしてかつてはiPhoneの人気が高かった中国市場でも地場メーカーの台頭が影響して、同市場での売上は年々減少している。中国では、もはや「iPhoneが富の象徴」ではなくなってしまった。スマホでもタブレットでもコモディティ化が進み、製品での差別化が難しくなってきているうえに、Appleのブランド力も低下している。

 また、Appleは2017年6月に、Siri搭載した会話型ホームスピーカー「Home Pod」を発表した。今年末から販売開始の予定だが、同じような製品は既にGoogleやAmazonが提供しており、相当な差別化がないと新規参入は難しい。しかもAppleは349ドルで、「Google Home」(109ドル)、「Amazon Echo」(179ドル)に比べると、後発商品なのに値段はかなり高い。ホームスピーカーも製品(プロダクト)であり、よほど機能に大きな優位性がない限り、差別化は難しい。

 このようにAppleとしてもいつまでも製品(プロダクト)に依拠していられない。いつまでも製造業のままだと、ブランド力が低下した時に、新興国のメーカーにあっという間に抜き去られてしまう。そこで新たな収益源としてオリジナル動画制作に目を付けたのだろう。そして記事にもあるようにオリジナル動画制作費用の10億ドルは、現在のAppleにとっては小さな額だ。Appleとしても財務的に余裕のあるうちに、新たな分野に投資をしておきたいところだ。

(Appleの製品別売上高とシェア:Apple決算資料を元に作成)
(Appleの製品別売上高とシェア:Apple決算資料を元に作成)
学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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