Yahoo!ニュース

欧州:Facebook、Twitter、YouTubeらが「ヘイトスピーチ排除」で合意

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

欧州連合(EU)の欧州委員会(EC)とFacebook、Twitter、YouTube、Microsoftの4社は2016年5月31日、ネット上でのヘイトスピーチ排除について欧州の新たな行動規範に合意したことを発表した。

これら4社では提供しているSNSやネットでヘイトスピーチに関する投稿への削除依頼があったら24時間以内に、それらの投稿を削除やアクセス遮断などの対策をとっていくことを明らかにした。

2015年には100万人以上の難民が押し寄せたドイツでは、彼らを対象にしたヘイトスピーチが問題になっていた。メルケル首相は2015年9月にFacebookに対して、ヘイトスピーチ、人種差別発言の投稿について対応の強化を促していた。そのためドイツ政府が2015年12月にFacebook、Google、Twitterにおいてヘイトスピーチを発見した場合「できる限り24時間以内に削除する」ことで合意していた。

欧州では歴史の長いヘイトスピーチ対策

欧州では移民や難民の増加の前からヘイトスピーチは問題になっていた。特にドイツではナチスドイツによるユダヤ人の大量虐殺、いわゆるホロコーストが発生したにも関わらず、戦後になっても根源的な反ユダヤ主義は消滅しなかった。そのドイツでは1960年代には、憎悪を扇動したり、特定の人々を秩序を乱すようなやり方で侮辱したりすることが違法となった。こうした規定はヘイトスピーチだけに焦点をあてたものではなくレイシズムと幅広だったが、その意図と背景にはユダヤ教の墓地に対する冒とくが続いたこと、国境を超えるユダヤ民族の活動を非難するパンフレットを配布したハンブルグの実業家を裁判所が罰することができなかったことなどがあった。また1970年代初めには、人種的、宗教的な集団を直接攻撃する出版物を禁止するという規定が刑法に追加された。1980年代以降、多くのヨーロッパの国がホロコースト否定を規定する法律を制定、施行した。例えば「私はホロコーストなどなかった」と発言しただけで処罰の対象になった。難民が増加する前の1980年代までは、反ユダヤ主義が対象だった。

特に冷戦後の1990年代から移民労働者の増加や欧州内での人の移動が盛んになるとその矛先が反ユダヤから移民や外国人労働者に移った。このようにヘイトスピーチに関する欧州での対応策は歴史がある。ただ以前はヘイトスピーチも限定的だったし、デモなど表明のやり方も過激的で露骨だった。本当に特定民族や宗教、国家に対して憎悪感のある人々が積極的にヘイトスピーチを行っていた。

誰もが簡単に情報発信できる時代に

ところが最近のスマホとSNSの急速な拡大で、それらが日常生活のコミュニケーションのツールやプラットフォームとなった。それらを通じて誰もが簡単に自分の意見を述べる、情報発信を行えるようになった。そしてSNSというプラットフォームでは多くの人種差別的発言が投稿されるようになった。そのようなSNSやネットでは確かに露骨にヘイトスピーチを行う集団も存在しているし、問題になっている。

特に欧州に新たに来た移民や難民は生活基盤の安定のために仕事が欲しいから、安い賃金でもいいから働きたいと思っているので、欧州の現地の人だけでなく、以前から欧州にいた移民らにとっても仕事を奪われるのはないかと脅威である。ヘイトスピーチの意識がなくとも、そのような日常の不安、怒り、不満をネットに書き込み、それに同調する人も多く、それらの投稿は、あっという間に拡散されていく。かつての反ユダヤ主義とは性質が異なる。

「日常の不安、怒り、不満」は表現の自由の領域かもしれない。EUではヘイトスピーチを「人種、肌色、宗教、信条、国籍などに基づく集団あるいは個人に対する暴力や憎悪を扇動すること」と定義している。それでもSNSというプラットフォームを提供している企業は、ユーザーからの申し出があった場合に、それらの削除またはアクセス遮断の判断を求められるようになる。「日常の不平や不満」も積もり積もって、SNSで拡散されていけば、大きな憎悪に変わりかねない。

「日常の不安、怒り、不満」の積み重ねをナチスは巧みに利用した。第一次大戦後、ユダヤ人は敗戦国ドイツを襲ったあらゆる矛盾や問題のスケープゴートとされ、反ユダヤ主義運動が急激に高揚し、ホロコーストの土壌を作った。敗戦はユダヤ人の責任とされ、自分たちの生活が苦しいのはユダヤ人が搾取しているからというのは、ナチスのプロパガンダの基盤にもなった。投機家、搾取者のユダヤ人という古い常套句が持ち出され、「寄生虫的資本主義」に対する非難が開始され、600万人のユダヤ人大量虐殺へと導いた。

本来ネットやスマホ、SNSなどの情報通信技術自体は、中立である。情報通信技術は、それを利用する者の意図のよって政治的な意味が変わるだけなのだ。日常生活の些細な想いを発した発言・言論の効果をヘイトスピーチかどうかの査定するのは困難であろう。どこからが「ヘイトスピーチ」で、どこまでが「日常の不平不満」なのか。その線引きが難しくなってきている。ただネットやSNSはあっという間に投稿が拡散されていきやすい。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

佐藤仁の最近の記事