ナチスのユダヤ人絶滅「最終的解決(Final Solution)」を支えていた「ソリューション」

ナチスドイツはユダヤ人絶滅計画を「最終的解決(Final Solution)」と位置付けていた。そしてそのナチスのユダヤ人絶滅計画をシステム面で支えていたのがIBMであることは有名な話である。

エドウィン・ブラック氏が「IBMとホロコースト:ナチスと手を組んだ大企業」(小川京子訳 柏書房 2001年:原著は「IBM and the Holocaust: The Strategic Alliance Between Nazi Germany and America's Most Powerful Corporation」)を出版してからは世界中に知れ渡っている。

両親がホロコーストを生き延びたユダヤ人である筆者は冒頭で「本書を読むのは、非常に不快な経験となるだろう。書くのも非常に不快な作業であった」と述べているように、そこに書かれている壮絶な内容は読むだけで疲労を感じる。

■ナチスドイツの「最終的解決(Final Solution)」を支えたシステム

まだコンピュータがなかった時代に、ナチスはIBMの提供したパンチカード技術を使い、ドイツ国民の名前、住所、家系、銀行口座などの情報がすばやく参照できるようにした。その技術で、例えば同性愛者を「ナンバー3」、ユダヤ人を「ナンバー8」、ジプシー(ロマ)を「ナンバー12」などと区分していた。住民登録および資産登録だけではなく、パンチカードによる管理は他にも多数あった。例えば、食糧配布はデータベースに基づいて決められ、ユダヤ人だけを飢えさせることができた。強制労働もパンチカードによって確認、割振り、管理された。さらにパンチカードは列車を定刻通りに運行させたり、積み込まれた人間を登録したりするのにも使われた。IBMの精密なホレリスシステムはナチス支配下のヨーロッパを走る大半の鉄道網を精確に運行させた。ヨーロッパ各地に日々、何両の貨車と機関車を配備すればよいかを知るには、ホレリスの計算能力が必要だった。パンチカードにより、全ての貨物車両の正確な位置、積載能力、可能な最大効率の運行スケジュールを把握できたようだ。

強制収容所にもホレリスがあった。IBMの機械や継続的な保守点検サービス、パンチカードの供給がなければ、強制収容所はあれだけの数のユダヤ人を処理することはできなかったと述べられている。収容所では、まだ生存している労働者、死亡者、移送者など囚人の情報すべてがホレリスシステムに絶え間なく撃ち込まれ、各地の収容所のホレリス部門は、毎日の集計を行い、SS経済管理本部やベルリンに打電していた。それによって絶えず変動している全収容所の人口全体を監視することができた。ホレリスのみが唯一の追跡方法だったそうだ。

(ダッハウ強制収容所)
(ダッハウ強制収容所)

■ナチスにとって最適の解決策(Solution)を提供していたIBM

同書の中で以下のように書かれている。「1つのソリューションが、また別のソリューションにつながった。ソリューションを出すのが不可能であったことはなかった。」これは現代社会のシステム開発と全く同じ理論である。新しいソリューションが現れるたびに、新しい能力が強化されてくる。技術やシステムの発展とはそういうものだ。

当時のIBMは決してナチズムを追求するものではなかった。反ユダヤ主義を目的とするものでもなかった。ただのビジネスなのである。ドイツの反ユダヤ主義を発案したのはIBMではないが、ソリューションを提供した時点でIBMは実質的にナチズムに組み込まれたのだ。IBMの顧客であるナチスドイツがユダヤ人を特定したがったとき、IBMがその方法を示した。ドイツがその情報を使ってユダヤ人の社会的追放と収容計画を始めたいと望んだときに、IBMはその技術的解決手段を提供した。

「IBMこそ現代の戦争に情報化という要素を持ち込み、こともあろうにあの戦争でナチスの“電撃戦”を可能にした張本人なのだ」とブラックは本の中で述べているが、ソリューションや技術、システムは本来、政治的に中立であり、IBMだけを非難することはできない。たしかに、ドイツの反ユダヤ主義を発案したのはIBMではないが、ソリューションを提供した時点でIBMは実質的にナチズムに組み込まれた。

だが、当時は多くのドイツや欧米の多くの企業もナチスドイツを顧客としてビジネスを行うことによって直接的、間接的にナチズムに組み込まれ、ナチスが遂行していたユダヤ人絶滅という「最終的解決」に加担していた。

現在でも多くの企業は軍需産業に何かしら納品することによって利益を上げている企業は、多数存在している。軍事産業はどのような業界の企業にとっても重要な顧客であり、それが現実なのだ。本当に戦争のない世界にならない限り、企業が軍事や戦争に加担しないという状態には至らないだろう。

(ダッハウ強制収容所)
(ダッハウ強制収容所)

▲ナチスの強制収容所にある「Arbeit macht Frei(働けば自由になれる)」の標語。どれだけ働いても自由にはなれなかった。

(収容所の脱衣所とガス室への扉)
(収容所の脱衣所とガス室への扉)
(ガス室の先にある死体焼却炉)
(ガス室の先にある死体焼却炉)

▲強制収容所の運営においてもIBMの提供するソリューションが役立っていた。

ガス室は非常に効率的に運用されており、そこは科学技術が生んだ近代の地獄である。技術の発展による科学と工業の進歩は新たな地獄を作り出した。そして、その地獄を生み出した科学技術の発展に貢献してきたのは企業であり、そこで働く一人ひとりの技術者や従業員であることは現代でも同じである。