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細野豪志議員のブログを題材にして「高度プロフェッショナル制度」を解説してみた。

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

ついに衆院を通過

 ついに高プロを含んだ「働き方改革」関連法案が衆院厚労委を通過してしまいました。

働き方法案、採決強行 衆院委、自公維で可決

はしゃいだように採決の指揮を執る堀内のり子議員(報道ステーションより)。
はしゃいだように採決の指揮を執る堀内のり子議員(報道ステーションより)。
採決の様子を見守る過労死遺族の方々(毎日新聞より)
採決の様子を見守る過労死遺族の方々(毎日新聞より)

 

 まだまだ審議は不十分だと思うのですが、採決され、来週には衆院本会議で可決され、法案は参院へ送られる見込みです。

 委員会採決時、過労死遺族の方々が傍聴する目の前ではしゃいだように起立の指揮を執る堀内のり子議員の姿が目を引きました。

<働き方法案可決>人の命かかってるのに 傍聴席ぼうぜん

高プロは急ぐ制度ではない

 過労死を増やす可能性が指摘されている制度を含んだ法案が、多くの未解決の課題を残したままなりふり構わず採決されたのは残念でなりません。

 なぜ、高プロだけを取り外して慎重に審議をしないのか、非常に疑問です。

 この制度の導入は一刻を争うものではないはずです。

 そもそも一括法案という形にすれば審議時間が足りなくなることは分かっていたはずですが、それでもこの状態で法案を通過させるところに、政府・与党の言う「働き方改革」の正体が明らかになったといえるでしょう。

 まだ参議院もありますので、せめてそこで充実した議論になることを期待します。

細野議員のブログを題材に

 さて、こうして国会で最重要法案が可決されたその日、細野豪志議員(無所属)のブログが更新されました。

国会は終盤戦へ ~働き方改革法案に賛成し、厚労大臣不信任に反対した理由~

 細野議員といえば、民主党に属し、その後離党し、希望の党に結党メンバーとして参加し、いろいろあって現在無所属の衆議院議員です。

 ブログによれば、今回、細野議員は高プロを含んだ法案に賛成票を投じるとのことです。

 その理由が細野議員のブログに書いてあるのですが、これが高プロに対する誤解をよく表しているので、これを教材として、高プロの解説をしたいと思います。

 高度の専門的知識を必要とするとされる高度プロフェッショナル制度は、基本的に裁量労働制の適用対象者の中から、平均給与の3倍を相当程度上回る水準(1075万円を参考)の年収の人に適用可能です。適用されると、管理職同様、労働時間という概念がなくなります。言わば、年俸制になるわけです。

出典:細野豪志blog

 このたった3文の中に、ここまで誤った情報を詰め込む細野議員の文才はすごい。

裁量性は要件ではない

 まず、高プロの対象者は「基本的に裁量労働制の適用対象者の中から」選ばれると書いていますが、誤りです。

 むしろ、高プロの危険性として、裁量労働制の対象となる労働者に必須要件とされる「業務遂行の裁量性」さえ要件とされていないことが指摘されています。

 したがって、まず、ここが誤りですね。

高プロは管理監督者より過酷

 次に、「適用されると、管理職同様、労働時間という概念がなくなります」と書いている部分ですが、管理職という言葉を、労働基準法上の管理監督者の意味だと善意に解したとしても、誤りです。

 管理監督者は、深夜労働の規制は外れていません。

 つまり、管理監督者でも夜10時から朝5時までの間に働いた場合は、深夜の割増賃金の支払いがなされるのです。

 ところが、高プロは、これさえ外れます

 そして、高プロには休憩の規制もないことから、「24時間、働かせ放題」と言われることになるのです。

 細野議員は、ここでも不正確な情報を書いています。

年俸制とは無関係

 さらに、「言わば、年俸制になるわけです」との記載も間違いです。

 たしかに年俸制だと残業代が出ないという誤解はけっこうあります。

 しかし、年俸制とは年間で賃金額を決めているというだけで、何ら特別な制度ではありません。

 当然、労働時間の規制はありますし、その規制の中で所定労働時間の設定がなされます。

 そして、所定労働時間を超えて働けば、年俸制の労働者でも残業代を請求することができるのは当然です。

 細野議員は、わざわざ「言わば」として、間違いを書いているのです。

ブログの続きを見ていきましょう。

 高プロが適用されると、従来の裁量労働制以上に裁量の幅が広がりますので、働きすぎ、最悪の場合、過労死が増える懸念があります。私も過労死した方のご遺族からのお話を聞いたことがありますので、こうした不幸な事案を根絶しなければならないと強く思います。厳格な健康確保措置の導入や、年間104日の休日確保の義務化など、裁量労働制にはない措置が導入されたのは、当然だと思います。

出典:細野豪志blog

 ここでは過労死遺族に寄り添ったふうのことを書きつつ、法案の内容を本当に理解しているのか?と思いたくなるような記載がなされています。

 まず「従来の裁量労働制以上に裁量の幅が広がります」とありますが、広がりません。先ほど書いた通り。

健康確保措置といってもこの程度

 次に、「厳格な健康確保措置」とありますが、そんなものはありません。

 健康確保措置としては、以下の4つがあります。

  1. 勤務間インターバル制度と深夜労働の回数制限制度の導入
  2. 労働時間を1ヵ月又は3ヵ月の期間で一定時間内とする
  3. 1年に1回以上継続した2週間の休日を与える
  4. 時間外労働が80時間を超えたら健康診断を実施する

(※なお、法案では「労働時間」という言葉は使われず「健康管理時間」という言葉を使っています)

 しかし、これら全てをとる必要はなく、この中から1個選べばいいという制度です。

 まぁ、4を選ぶ企業が続出するでしょう。

 これのどこが「厳格な健康確保措置」なのでしょうか?

 細野議員は、本当に法案を読んだのでしょうか?

104日はそれほどすごくない

 さらに「年間104日の休日確保の義務化」を持ち上げていますが、これは祝日と盆暮れ正月休みを一切ない前提の週休2日というものですので、それほどのものではありません。

まだ続きます。

 重要なことは、本人の意思が尊重されることです。政府案が修正され、高プロ適用時に本人の同意を得るだけではなく、離脱の意思表示もできることが明確になりました。

出典:細野豪志blog

本人の同意はあてにならない

 たしかに高プロには本人同意が要件とされています。

 しかし、労働法の世界における労働者の同意ほど弱々しい「歯止め」はありません。

 労働者と使用者の力が非対等だからこそ、労働法があるのです。

 その構造と年収とは関係ありません。

 また、離脱の制度については、ないよりはあった方がいい制度なのですが、同意と同様に「歯止め」としての機能の実効性は疑問です。

細野議員、ありがとうございます

 以上、なかなかいい題材を提供してくれた細野議員に感謝したいと思いますが、もう少し勉強したほうがいいかとも思いました。

 では、議論は衆院本会議と参院に移ることになりますが、引き続き注目していきたいと思います。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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