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担任が入学式を休んで我が子の入学式に出てはいけないのか?~現代版「滅私奉公」はブラック企業の始まり

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長

既に議論となっているところですが、埼玉県の高校の先生が、自身が勤める高校の入学式を欠席し、自分の子の入学式に出席した、という問題を取り上げてみたいと思います。

「担任、息子の入学式へ」は法的問題ゼロ

担任、息子の入学式へ…県立高校教諭勤務先を欠席、教育長が異例の注意

ご存じの通り賛否両論の議論が行われているようです。

法律的に考えますと、有給休暇は権利として労働者に認められています(労働基準法39条。この条文は地方公務員も一部を除いて適用になります。)。

ここまでの報道を見る限り、この先生はこの権利を行使しただけだと思われます。そして、現場の責任者である校長先生もこれを容認しています。一部、時季変更権(*1)の行使をしない校長先生に問題ありという論調もありますが、報道で知る限りの事情では、この件で時季変更権は認められないものと思います。

よって、法的な問題も、業務遂行上の問題も何もありません。

したがって、ニュース価値などないはずでした・・・。

ところが、入学式に来賓として列席していた埼玉県議の江野幸一さんという方が「担任の自覚、教師の倫理観が欠如している。欠席理由を聞いた新入生たちの気持ちを考えないのか。校長の管理責任も問われる」と憤慨し、これを埼玉新聞があたかも問題があるかのような記事に仕立て上げたのでややこしくなるのです(しかし、入学式や卒業式に来賓だということで出てくる議員の方々は当該儀式において何の役にも立たない上に、こうやって外野から変なことばっかり言うという印象がありますね。あくまでも個人的な印象ですけど)。

現代版「滅私奉公」、それはブラック企業の論理

さて、どういう場合にプライベートを優先するのか、それとも仕事を優先するのか、それは個人の価値観の問題で本来自由です。子どもの入学式についても、人によっては仕事を優先するのでしょうが、仕事を優先しないでプライベートを優先する人もいるでしょう。少なくともこの先生は仕事の入学式よりも自分の子の入学式に出席することを優先したわけです。ここで「高校生の親が入学式に出るか?」みたいな論調もありますが、それこそ個人の自由です。

このように法的に何ら問題もなく、現場も業務の遂行に支障がないと判断していることを、外野の人たちが、職業倫理だとかモラルなどという抽象的で何だかよく分からないものを持ち出して責め立てる、というのが今回の批判する側の構図です。

しかし、こういった論理は、プライベートをつぶして仕事をすべきだ、という現代版「滅私奉公」の論理となります。そして、これはブラック企業の論理なのです。

ブラック企業において、プライベートを優先して仕事を休むということは許されません。ブラック企業では、労働者を最大限酷使して使えなくなったら捨てる、これを繰り返すわけですので、労働者のプライベートなどなくていいし、優先なんてとんでもないことなわけです。

「親戚のお葬式に出たいと休暇願いを出したが許可されなかった」

「兄弟の結婚式に出たいが休暇を取らせてもらえなかった」

こういった声は、現実にブラック企業においては存在しています(*2)。

そもそも休暇を取ること自体を諦めている場合などはゴマンとあるのです。

懸念される「休むこと」への萎縮効果

この先生が自己のプライベートな行事を優先して休んだことを批判するのは、社会全体にプライベートな事情で仕事を休むことを萎縮させる効果を持つと思います。

現に、来年度以降は、埼玉県の先生のみならず、全国の先生たちは自分の子どもの入学式や卒業式などを優先する行動は取りにくくなってしまったでしょう。

この萎縮効果が先生たちの業界だけで終わればまだしも、それだけでは終わりません。

現に批判している人たちは「俺だって仕事を優先してきた」という自負があるのです。その自分の価値観に照らして「許せん!」となっているのです。こういった声が大きければ大きいほど、社会的な風潮として、プライベートなことで休みをとりにくくなる効果が波及するのです。

しかし、果たして、それでいいのでしょうか?(よくない)

この機会にワークルール教育を!

この問題をどう着地させるのか。既に価値観論争となっているので、着地も何もなさそうなのですが、唯一、生産的なのは、「この際だから有給休暇のことを知っておこうぜ」という方向です。

この学校の高校生たちも、「なぜ自分の入学式に担任の先生が病気でもないのに休んでいたのか」「休んでもいいものなのか」「休む権利って何なのか?」ということを目の前の事例から学ぶ大チャンスだと思います。

是非、この機会にその学校でワークルール教育を実施してもらいたいと思います。これほどいい機会はないのですからね。

*1 時季変更権:労働者が有給休暇の取得を申し出た場合、使用者はこれを拒否することはできませんが、「事業の正常な運営を妨げる場合」は取得の時季を変更する権利が認められています(労基法39条5項但書)。

*2 もちろん、有給休暇を取らせないことは違法です。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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