Yahoo!ニュース

菓子業界のミライ①お菓子を「つくる人」から「支える人」へ。「菓子店お助け業」でパティスリーを支援

笹木理恵フードライター
洋生菓子をショーケースに並べるには、職人の人数も必要だが…(写真:イメージマート)

製菓業界では、深刻な人手不足が問題に

製菓業界(とくに個人店)を取材する中で、多く聞こえてくる「人手不足」の悩み。以前も取り上げたように、労働改革に取り組む菓子店も決して少なくないものの、業界全体の深刻な問題であることは間違いない。

また製菓業界で働く女性にとっては、依然として「キャリアを継続しづらい」という環境であることも事実のようである。とりわけ製造職の場合、結婚、出産を経て、元の職場に復帰するとしても、一般企業のように産休や育休を取得したり、短時間労働で働くことが難しいケースも多く、この業界で働き続けることをあきらめてしまう人もいる。

そうした中、「菓子業界で長く働き続ける」ことを目指し、パティシエとは異なる働き方を模索する人たちも増えてきている。今回は、「パティスリーお助け業」として、パティスリーの運営をサポートする「パティシエイド」を立ち上げた竜崎さんに話を伺った。

作り手から菓子店のサポートに

写真:イメージマート

祖母がケーキ店で働いており、子どもの頃から洋菓子に触れる機会が多く、お菓子作りに興味を持っていたという竜崎さん。大学時代、洋菓子店のサロンでデセールを作るアルバイトをしたのをきっかけに菓子業界で働きたいと考えるようになり、製菓学校で学んだのち、都内の人気パティスリーに入社した。

パティシエを仕事に選んだ人は、最終ゴールを「独立開業」と決めている人も多い。竜崎さんも30歳になるタイミングで独立を考えたというが、なぜ別の道を選んだのか。「自分にはコンクールの受賞歴もないですし、ずっと現場でお菓子を作り続けていくことに不安もありました。そこで自分の強みを改めて考えた際に、これまでも担当してきた事務仕事が、菓子業界の役に立つのではと気づいたんです」(竜崎さん)。

パティスリーには約9年間勤めたが、うち3年間は生産管理部門で事務仕事に携わっていた。製菓業界の慢性的な人手不足を感じていたこともあって、町場のパティスリーの負担を少しでも減らしたいと考えたというのだ。「僕自身、お菓子が大好きなので、自分が事務仕事を代行することで、職人さんにはクリエイティブな仕事に専念してほしい」。そして2019年7月、「パティシエ」に、手助けするという意味の「AID(エイド)」を組み合わせた「PATISSIAID(パティシエイド)」を立ち上げた。

菓子店のあらゆるバックヤード業務をサポート

焼き菓子などに添付される、原材料と栄養成分を記したラベル ※画像提供/PATISSIAID
焼き菓子などに添付される、原材料と栄養成分を記したラベル ※画像提供/PATISSIAID

「パティシエイド」のコンセプトは、「菓子店お助け業」。コンサルタントではなく、「困っていることに対してサポートする」というスタンスを貫く。現在、メインとなっている業務は、焼き菓子などに添付する「食品成分表示」ラベルの作成。パティシエとしての経験が役立ち、フランス語のレシピも、見れば何のお菓子かだいたいわかるという。ちなみに個人のパティスリーでは、レシピは手書きのままでデータ化されていない店も多いため、それらのデータ化代行業務にも取り組んでいる。

業務内容はその他、シフト表の作成や、イベントの販促物の作成、クリスマスケーキの予約台帳の作成など、店によって異なる。現在、パティスリーをはじめ、ホテルやカフェ、EC専門のパティスリーなどのべ30軒のパティスリーの業務を代行しており、最近は一年間の生産計画の依頼が増えているという。「パティスリーはクリスマスから母の日あたりまで繁忙期が続きます。クリスマスくらいまでは計画的に生産できていても、バレンタイン、ホワイトデーあたりで追いつかなくなり、現場の負担が増え、結果、人が辞めてしまうことも少なくありません」。生産計画をしっかりと立てられれば、適正な在庫管理や、無駄のないシフトに繋がる。日々の仕事に追われて、ポスレジの売上データなどもしっかり活用できていない店も少なくないため、包括的なサポートが望まれているという。

製菓業界で長く働きたい女性の受け皿に

自宅で菓子業界に関わる仕事ができるのは、多様な働き方に繋がる ※画像提供/PATISSIAID
自宅で菓子業界に関わる仕事ができるのは、多様な働き方に繋がる ※画像提供/PATISSIAID

「パティシエイド」ではこのほか、竜崎さん個人のSNSやnoteなどで、パティスリーに役立つ情報を発信しており、それらは誰でも、無料で見ることができる。その影響もあってか、今年に入って「働きたい」という問合せが増えており、そのほとんどが製菓業界で働く若い女性なのだという。「結婚や出産を視野に入れると、今の職場で続けていくのは難しい」という人や、「第一線のパティシエとしてバリバリ働くのとは違ったやり方で、お菓子業界に関わりたい」人など理由は様々だが、「お菓子が好き」なのに「辞めざるを得ない」という人が一定数いることは、非常に残念であるし、業界として解決していくべき課題のように感じる。

「パティシエイド」をスタートさせた当時は、会社を大きくすることはそこまで考えていなかったという竜崎さんだが、「『パティシエイド』なら、子育てをしながら自宅で仕事ができます。長くこの業界で働くための選択肢としてうちが必要とされているなら、チームとして大きくしたいと考えるようになりました」と語る。将来的には、カフェ機能をもたせた事務所を構え、そこでカフェの勉強ができるようにしたり、子育てを終えたパティシエが働ける場所としての菓子店をつくったりと、菓子業界で働く女性の受け皿になるような新しいことにも挑戦していきたいという。

※「菓子業界のミライ」シリーズでは、今後も新しい取り組みで、製菓業界の未来を切り拓こうとする企業やパティスリー、シェフなどを取材していきます。

フードライター

飲食業界専門誌の編集を経て、2007年にフードライターとして独立。専門誌編集で培った経験を活かし、和・洋・中・スイーツ・パン・ラーメンなど業種業態を問わず、食のプロたちを取材し続けています。共著に「まんぷく横浜」(メディアファクトリー)。

笹木理恵の最近の記事