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台風被害にコロナ…。二重苦に襲われた房州びわ産地の不安と、奮闘する若手農家

笹木理恵フードライター
収穫間際の房州びわ(画像提供/福原農園)

復興には数年以上…。先行き見えぬびわ産地の不安

収穫直後の房州びわ(画像提供/福原農園)
収穫直後の房州びわ(画像提供/福原農園)

収穫シーズンを迎えた産地が、またひとつ苦境に立たされている。千葉県南部で栽培されている房州びわだ。千葉県は、長崎県に次いで全国2位の生産量を誇るびわの一大産地。江戸時代の宝暦元年(1751年)に生産が始まり、明治以降、栽培が盛んに行われるようになった。明治42年(1909年)から、第二次世界大戦中の一時期を除いて毎年、皇室に献上されている歴史ももつ。

房州びわの生産の中心は南房総市で、生産量の8割以上を占める。2019年時点で、房州枇杷組合連合会に加盟している農家は約350軒。小規模農家が多く、農家の高齢化・後継者不足といった問題にも直面していたところに、昨年9月、台風15号が襲った。同組合によると、8ヵ月が経った現在も復旧は思うように進んでおらず、今年の収穫高は、豊作だった昨年に比べ半減する見込みだという。「5月からハウス栽培の出荷が始まっていますが、今年はハウスも大粒のびわが少ないのです。露地栽培は5月末から収穫が始まりますが、比較的早い時期に収穫できるびわ山が台風の被害を大きく受けており、元の状態に戻れるまで何年かかるのか、全容がつかめないのが現状です」(房州枇杷組合連合会・山木さん)。

台風15号で倒れたびわの木(画像提供/福原農園)
台風15号で倒れたびわの木(画像提供/福原農園)

台風被害に対する行政の支援はあるものの、房州びわの産地は傾斜のきつい土地も多く、それが復旧をより困難にしている。また、びわを苗木から育てた場合、本格的な収穫ができるまでに5~7年、元のような大木にまで育て上げるにはさらに年月を要するが、房州枇杷組合連合会の加盟員の平均年齢は、60~70代。80歳までは頑張ろうとしていた高齢の農家が、台風被害によって意欲を失ってしまった例もあるという。「傾斜のきつい土地は、若い人でも進んでやろうという人が少なくなっています。今後は、被害を免れた傾斜地のなかで、比較的状況のよいところを選んで続けることになるでしょう。さらに、びわの木を低木にするなど、これまでの栽培方法を見直す必要も出てくると思います。農家の数も年々減少傾向にあり、5年後には、現在の状況がまったく変わっている可能性も否めません」(山木さん)。

さらに今年は、新型コロナウイルスの影響で、南房総への観光客が激減。びわ狩りなどで観光客を受け入れていた農園では開催を断念せざるを得ず、びわの市場価格にも影響を及ぼしている。「従来は、不作の年は値上がり傾向にあるのですが、今年は販売店が営業しておらず、市場の買取りも少ないとあって、思うような価格がついていません。とはいえ、やはり今は首都圏からの移動はできるだけ避けてほしい、というのが生産者の本音でしょう…」(山木さん)。

ネット販売やSNSの発信で奮闘する農家も

福原農園のびわ。「瑞穂」や「大房」など大果系の品種が中心(画像提供/福原農園)
福原農園のびわ。「瑞穂」や「大房」など大果系の品種が中心(画像提供/福原農園)

房州びわは、贈答品としての需要が高く、各農家が顧客を抱え、毎年リピーターからの注文が売上げを支えている部分が大きいが、ホームページをもつ農家はまだ少数派だ。直売や、電話やFAXでの注文がいまだに多くを占め、県外への発信も積極的に行われているとは言い難い。そうした中、ネット販売を中心とし、農園の様子をブログやSNSで熱心に発信している農家がある。南房総市の福原農園だ。

福原農園は、房州でびわ栽培が盛んになった明治後期から続くびわ農園。家族で農園を営む福原英城さんは、大学卒業後、学校教員の職に就き兼業農家の道を模索したが、15年前、家業を継ぐことを決意した。「ちょうど地元でもびわの直売所ができ始め、ネットショップを行なう農家が出てくるなど新しい風も吹き始めていた頃でもあり、新しいことにチャレンジして自分を試してみたい、という気持ちもありました」(英城さん)。

一方、妻の祐美さんは、都内で20年近く福祉の仕事に就いていたが、かねてから「農家になりたい」という希望を持っており、結婚を機に4年前にびわ農家に就農した。「知識や技術、経験もありませんし、この年齢で農家の仕事や田舎暮らしに適応できるのか、体力面での不安もあり、何年も悩みました」(祐美さん)。

袋掛けや収穫など、木に登って行なう高所での作業も多い(画像提供/福原農園)
袋掛けや収穫など、木に登って行なう高所での作業も多い(画像提供/福原農園)

英城さんは、ホームページのほか、フェイスブック、インスタグラム、ツイッター、ブログを担当しており、それぞれを連動させる形で、作成時間15分ほどで毎日更新。一方、祐美さんは、「びわ農家の気持ち」というブログを担当しており、こちらは一記事の執筆に数時間かけてじっくりと読ませる内容だ。祐美さん自身、千葉県出身でありながら房州びわについては就農するまで詳しく知らなかった経緯もあり、びわの栽培や農家の仕事、アラフォーで農家に飛び込んだ心情などを素人にもわかりやすいように伝えている。例えば、房州びわは、九州地方の主な栽培品種とは異なり、全国的にも希少な大果系の品種が中心であるため、その栽培方法には独自の工夫があること。無農薬の露地栽培で育てているため、ハウス栽培とは異なり、斜面や高所での作業も多く危険を伴うこと。大事な作業である「花もぎ(摘蕾/100近くあるびわの花の塊のうち、数か所ずつ良さそうな部分だけ残す)」や、「袋かけ(福原農園では、害虫を防ぐ二重袋を、1つ1つの実に手作業でかぶせる)」、「収穫(太陽に近い高い木の上から順番にもいでいく)」などのほか、土づくりや害獣駆除など、年間を通じての農家の仕事ぶりが丁寧に書かれている。

例年3~4月に行われる、びわの袋かけ作業。今年は袋をかける実が少なかったという(画像提供/福原農園)
例年3~4月に行われる、びわの袋かけ作業。今年は袋をかける実が少なかったという(画像提供/福原農園)

また、ホームページでは、英城さんが就農した2005年からの取り組みを「これまでの歩み」としてまとめている。ホームページの立ち上げから軌道にのせるまで、ネット販売へと移行したことによる問題や苦労などが綴られており、新しいことを始めたからといって一朝一夕には結果が出ない難しさも読み取れる。「房州びわは贈答用として選ばれることが多いので、瑞々しい甘さに加え、見栄えの良い大粒のびわを数多く作れるようになることが生産者としての使命であり、企業努力が求められている部分だと考えています」(英城さん)。

福原農園では、今年の出荷分は昨年と比べ半減しているが、年々増えてきたリピーターにより、すでに予約完売。また、毎年農園で行っていた「びわ食べ放題」は、コロナの影響でまだ実施は検討中だが、「大切に育てたびわを少しでもお客様に味わってもらえるように」と、びわジャムの発送を検討するなど早い段階で対策を講じてきた。房州びわに限らず、今年は全国の産地が厳しい状況にあるが、地域の特産物が未来に受け継がれていくためにも、消費者である我々が産地の現状を正しく知り、必要とされる支援が生産者にきちんと行われることを願う。

フードライター

飲食業界専門誌の編集を経て、2007年にフードライターとして独立。専門誌編集で培った経験を活かし、和・洋・中・スイーツ・パン・ラーメンなど業種業態を問わず、食のプロたちを取材し続けています。共著に「まんぷく横浜」(メディアファクトリー)。

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