「インドでリップを売る」という挑戦

ビューティーアドバイザーによる店頭販売

インドに進出している日系企業は約1000社と言われています。私はインドで働く日本人に数多く会ってきました。インドという厳しい環境で働くことの難しさ。巨大マーケットの可能性。インドのよい面、悪い面。話のネタはいつまでも尽きません。

一方で、日本で報じられているインド関連のニュースは、政治経済、大企業の買収や撤退、レイプに関するニュースが中心で漠然としており、急激に変わりつつあるインドの生の様子を正確に伝えきれていません。そこでインドでビジネスをやっている日系企業へのインタビューを思いつきました。できるかぎり生のインドを伝えたいと考えています。私自身はインタビュー経験がないので、インタビューサイトなどを運営している大学生の三宅瑶さんの力を借りてインタビューを行いました。

第1回は、ロート製薬の加藤大樹さん(Marketing Manager:インタビュー当時)です。

ロート製薬 加藤大樹さん
ロート製薬 加藤大樹さん

【1つのプロジェクトに3年かかる国なんです】

ーー加藤さんはインドが初めての駐在だったのですか?

そうですね。もともと商品企画、営業企画、生産管理など国内事業系の部署を転々としていました。国際事業部にも一時期所属していましたけど、その時は日本から現地の代理店を管理する役割でした。ロート製薬のインド現地法人は、2010年の9月に設立して、同年の12月に商品導入をしたのですが、私がインドに来たのが翌年3月だったので、ちょうど立ち上げ時期でしたね。というのも、もともとインド支社は日本人1人で回していく予定だったのですが、立ち上げ時から一筋縄でいかなかったんです。そこで社内でインド駐在の募集がかかって、私は手をあげました。インドでの商品企画・立ち上げ・マーケティングができるということだったので、『ちょっと行ってみようかな』という気持ちで応募しましたね。私も当時は34歳でしたし、30代後半になったら行かないだろうと思いましたから。その時は、こんな国だと知りませんでしたが(笑)。そこからインドに来て、メンバーも部下もインド人という環境でしたから、リモートと対人の違いをひしひしと感じましたね。

ーーそうして3年間、インドに駐在してらっしゃったんですよね。

1年くらいで帰る方も多いのですが、私は意外と生活できましたね。日本の感覚だと3年というのは長いですが、それがけっこう難しいんですよね。インドは日本とビジネスの形も違いますし、インドローカルの人々とトラブルもありますし、インドは仕事に時間がかかるんですよ。日本にいたら1年で数個のプロジェクトが回転するところを、インドでは1つのテーマに3年かかって、やっと兆しの判断が出来るくらいのサイクルなんです。

ーービジネスに時間のかかる国なのですね。ご家族も一緒にインドへ来られたのですか?

そうですね。インド駐在の募集があった時も、妻に言ったところ『迷わず応募』と後押ししてくれて。そうして家族と一緒にインドへ来ることになりました。まあ、大変でしたけどね(笑)。インドに暮らすとなると、もちろん日本と比較したら不便さはもちろん、予想外なことだらけで。昼は仕事のトラブル、夜は暮らしのトラブルでした(笑)。特にインドで蚊の出るシーズンは子どもは外で遊びたがっても、蚊に刺されて感染症になったら困りますから、大変でしたね。

【毎日のように降りかかる理不尽なトラブル】

ーー停電や水道などインフラが整っていない暮らしの問題、よく分かります。インドでの仕事トラブルとは具体的に何でしたか?

困ったのは『納期』と『質』でしたね。まず『納期』について。ロート製薬は、インドでリップと洗顔料を販促しているのですが、商品はベトナムから輸入しているので通関に時間がかかるんです。ベーシックな輸入品なら通過するところを、化粧品は通関に登録が必要なんです。

そこで書類に不備があってもなくても、インド通関の担当者があることないこと文句をつけてくることもあります。そうして商品が港に泊められたままで、保管料だなんだとお金を取ろうとしてくるんですよね……。リップは特に冬に需要の高い商品ですから、シーズンを合わせてリリースまでの計画を立てているのにずれてしまうこともありました。そして『質』について。店頭ディスプレイのマテリアルはもちろんインドで調達するので、デザインが求めているものと違ったり、粗雑だったりするんですよね。そしてインドは基本的に仕事が遅いですから、そこでさらに時間がかかって、やり直してさらに時間がかかって……の繰り返しです(笑)。

ーー納期と質は基本とはいえ難しいものなのですね。他にも苦労されたことはありましたか?

基本関税という輸入価格はもちろんですが、インドでは『贅沢税』的な意味合いの税金が発生するんです。安く仕入れて高く売る、というのがビジネスの基本ですが、インドでは高く売れば売るほど高い税金も取られてしまうわけです。高く売ろうとすると税金を取られ、安くすると利益が出ない……価格設定がすごくシビアな課題でした。日系の消費材メーカーはインド進出が少ないですが、他の企業さんも同じように苦労しているようです。会社としても駐在手当ての費用をかけていますし、会社が求める以上の仕事も当然こなさなければいけませんし、最近はどんどん大手日系企業がインドから撤退しています。インドはマーケットが伸びていること、たくさんのチャンスがあるというのは事実です。けれども、インド現地にどっぷり入ってビジネスをすると、うまくいかないことが沢山あって頓挫するんですよね。

陳列された商品
陳列された商品

【インドの富裕層で日本人口と同じくらいの大きさなんです】

ーーその中でもロート製薬ではどうしてリップの販促に絞ったのですか?

インドでは基礎化粧という美容文化が無いのですが、独特のアイメイクとリップは入り込める市場でした。都心に住んでいる人にとってはリップケアが普通ですし、それは貧しい人も同じなんです。たとえばベトナムでも、あくまで東南アジアだからこそ日本人と感覚がにているものはあります。けれどもインドではリップの商品開発においても、紫や茶色、ハッキリとした赤のリップが流行るものなんですよね。

ーーインドならではの文化とマッチしたのですね。どの層をターゲットにしているのですか?

ターゲットは大学生以上のアッパーミドルですね。インドでは大学に通っている、通っていたというのは裕福である証ですし、ボトムには値段がネックになるんです。値段については、輸入をしているのである意味仕方のないことです。格安のリップも存在していますが、私たちは『安くていいもの』ではなく、今後は『高くて良いもので一部の人しか持っていないカッコイイもの』という、切り口を狙って行こうと思っています。インド市場において、ある程度お金を持っている人というのは、日本人口とほぼ一緒の母数があるんです。マーケットとしてはすごく大きいですが、売れるのはほんの一部の層ということですね。

ーー日本人口と同じ…!それは大きなマーケットですね。

とはいえ首都に人口が集まっているわけではないですし、その戦略がなかなか簡単ではないのですが。人口が増えたり外資が増えたりというところでGDPが伸びている現状はありますが、それは明らかに外部要因が大きいんですよね。インド市場はマクロで見たら伸びていますが、贅沢品が伸びているなんていう予測がまた難しいんです。化粧品となると当事者意識も出てくるものですし、消費の意欲が低い今のインドで、その中でどうやって買いたい、使いたいと思わせる動機づけをさせるのかが重要だと感じています。認知はしていても買わないものになってしまいますから。

【ターゲットの顔を見ることが、伝えることが、こんなにも難しい】

ーー認知というお話が出ましたが、インドでの商品の認知を広めるために広告も打っていますよね。日本と比較してどうでしたか?

インドは広告費用も高いですね。新聞一面広告も、テレビCMも何千万としますし、日本の広告費と差はありませんね。しかも日本ならテレビはエリアを絞って広告として打ち出せますが、インドはケーブルテレビなので全インドに渡ってしまい空撃ちしていまうんですよね。商品がない地方もあるのに、これでは効率が悪くて。インドには400チャンネル存在していて、平均0.04%の視聴率なんです。その中で『ではどこに広告をうつか』なんて広すぎて分析できませんし、額としては大きく打ち上げ花火のようなイメージでテレビCMを使っていましたね。もちろん費用の面でテレビCMをずっと流すわけにはいきませんから、けれどもテレビCMをやめたら全く売れなくなるんですよね。そうして店頭に売れ残った在庫は返品されて、テレビは打ち続けて店頭に商品を出し続けないといけない、そうした悪循環に陥りました。だから私たちはコストを優先して、インターネット広告の方に力を入れていますね。

ーーコストがかかる割に日本のようにはうまくいかないのですね。他にも販促活動で工夫された点はありますか?

広告を打っても日本のようにうまくいかないので、お店の店頭でお客さんに説明して買ってもらうという、BA(ビューティーアドバイザー)をおいて販売する手法をメインにやっています。たしかに店頭販売は非効率で高度かもしれないですが、一番反応が見えるんです。けれども、BAの給料も払わなければいけない中で、それくらい稼いでほしいと思いながらもノルマにもいかないもので。BAも売れば売るほどインセンティブになっているのですが、いかんせんモノが安いんですよね。そして、BAたちも定着してくれないんですよね。気に食わないことがあったら辞めてしまいますし、BAたちはロートという会社に対してロイヤリティもないですから、他の店頭販売をしているメーカーに引き抜きされることもあるんです。インドの事情としてはどんな職種であってもキャリアアップが一番求められていることなので……。

【困難を極める、インド人のマネジメント】

ーー会社に対するロイヤリティが低いということですが、インド人社員のマネジメントはどうされていますか?

勤怠管理は言いたくないものですが、厳しいですよね……。インド人というのは、残念ながら疑わざるをえないんですよね。例えば仕事を休む理由も正直に言えば良いものを、事故やパンクした、親戚が死んだと言うんです。けれども彼らは嘘をついているつもりはないんですよ。インド人は何も言わないことも、非を認めることもいけない。何か言わなきゃいけないと、小学校のときから教育で言われているんです。黙っていては謝っていると思われるからこそ、とっさに言葉が出てくるんですよね。それが日常的なものなら良いですが、仕事していると時間とお金がかかっているのでこちらの対応も難しいですよね。スケジュールなど前提が崩れてしまうわけですから。だから私は『本当のことを言ってくれ』と言っていますね。正直に言っても何も言わない、怒らないから、『正しい対応をするためだ!』と。

ーー正直にいえばスムーズにいくということが伝わりにくいのですね。

例えば、どうして通関されないのかという本当の理由まで突き止めないんですよね。それがオフィサーのいじわるなのか、他に求めているものがあるのか、そこまで追求しない。きっと本質的な理由があるはずなのに。インド人にとっては、今が一番大事なんです。それは悪気がなく、終わったら過去であり、同じく未来もそう。なんといっても”昨日”と”明日”の単語が一緒なんですよ(笑)。基本的に『今からどれだけ遠いか』というところしか気にしないんです。だから危機予測ができないですし、バイクを運転しながらガラスを持っていたりしていまうんですよね。普通に考えたらものすごく危険なのに。過去から学ばない、未来を予測しない、これは仕事するうえではネックではありますよね。もちろんできる人もいるのですが、嘘をつく、時間管理ができないというのも全てその部分から来ているように感じています。これらが一番日本で仕事をしていることとの違いかもしれませんね。

【価値観を受け入れるだけではなく、価値観に踏み込むこと】

ーー苦労が多かったとは思いますが、どのように対応されたのですか?

受け入れるのは簡単なんですよ。『これがインドの価値観なんだ』と受け入れられるものですが、大切なのは『どうしてそうするんだろう?』という思考だと思っています。つきつめていくとツッコミどころがつかめてきますし、メリハリが分かってくるんです。私も最初にインドに来た時は、受け入れようと我慢していたんです。けれどもそれだけで終わってしまうんですよね。だから、『なぜ彼らはそういう行動・発想なのか?』というところで見ると、すごく面白かったんですよね。

ーー具体的にはどのようなエピソードがありましたか?

初めは触れてはいけないものだと思ってカーストのことも聞かなかったのですが、思い切って聞いてみると背景を言ってくれるものなんですよ。決してタブーではなくて、私たちの先入観であったりもするんですよね。なんでも土足で上がり込むくらいのコミュニケーションが、インドには合っているのかもしれません。インド人は良くも悪くもパーソナルスペースが近いですし、だからこそフレンドリーかつ親切で、仲良くなるといろいろと教えてくれるんです。

ーーインドの分業制は顕著ですよね。個としてコミュニケーションをとれても苦労したことはありましたか?

そうですね。私がインドに来たときは、部署間の、といっても10人にも満たない組織なんですけど(笑)、横のつながりがほとんど無く、例えば営業とマーケティングの担当は真向いの席に座っているのにほとんどコミュニケーションがない、という具合でした。最近はマーケティングと営業がお互いに関与し合ったり、経理が本来営業マターであるお金の回収に口を出したり、セクショナリズムを無くすことを意識してもらっています。本来なら組織のありかたとしてMECEが良いのかもしれませんが、マネジメントとしては日本的なやり方をしていましたね。

あと上下関係で言えば、インドでは上司の言うことがいかに理不尽でも部下は不思議と思わず遂行しようとするし、上司は部下を使うものと考えます。部下も『自分はこう思う』というのを持っているんでしょうけど、『上司の言うことは絶対だ』という教育で生きてきたので、歯向かうなんてもってのほかなんですよね。だからこそ意思決定の方向性を間違えたら危険だ、とは感じてきましたね。『私の言うことが間違っていると思ったら遠慮なく言ってくれ』と言い続けてきましたが、どこまで言ってくれているか・・・。

【生活を共にしてこそ理解できる国】

ーーそれだけ破天荒なインドという地でビジネスに関わって、3年間も居られたのはすごいと思います。

あまりにもおもしろくて、また楽しいんですよ。けれども、そう思えるようになったのも最後の一年でしたね。『どうしてそうするの?』など聞けるようになってからコミュニケーションとれるようになりましたし、日本のように遠慮していたら本当にやりづらい国だとは思いましたね。理解したふりしていると自分に溜まってしまうだけですし、『本当のことを言ってください』とだけ言い続けてきましたね。日本にいたら正直に物事をやることは当たり前ですが、そのままの価値観でインドでビジネスをしたら大変だと思いますよ。

ーーたくさんの学びがあったと思いますが、インド市場で良かったと思うことはありますか?

日本のやり方がまったく通用しない、ということですね。日本国内でマーケティングや商品企画に関わっていた経験をインドでも活かせるかと思っていましたが、それは全然違くて。それがまた東南アジアとも違うんですよね。この3年間で何がベストだったのかは分かりませんが、今後もっと海外へ進出する時に『決まったマーケティングというものはない』『その国に入り込まなければ分からない』という気づきが大きかったです。これは出張ベースでは分からないことでしたし、現地に住み、現地の人と生活することは大きいと感じましたね。

ーー特に消費材メーカーだからこそ大切な視点なのかもしれませんね。

そうですね。日本にいたら気づかないことだらけなんです。日本人なら同じ日本だからこそ平均が分かりますが、インドでは平均も何も分からない。だからこそ、多角的に物事を分析して『この人にモノを売る!』と明確に知らなければいけないんですよね。私はずっと日本に居たら分からなかったと思いますし、偶然インドという特段凄まじい国だったことが良かったですね。次に海外に行くときのハードルも下がっているように感じますし、今後の海外展開としてアフリカに可能性も感じています。

※加藤大樹さんは2014年4月をもって日本へ帰任されました。今後のご活躍をお祈りしております。

企業名:ROHTO PHARMA(INDIA) PVT.LTD

協力:みやけよう