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崖っぷちのアンバー・ハード、裁判のやり直しを要求。「なりすまし陪審員がいたかも」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
アンバー・ハードと弁護士イレーン・ブレデホフト(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ジョニー・デップを控訴すると宣言したものの、お金はない。切羽詰まったアンバー・ハードが、別の手段を思いついた。自分が負けた裁判を無効にし、あの判決をなかったことにしようというのだ。

 イレーン・ブレデホフトを筆頭とする弁護士チームが現地時間1日にヴァージニア州フェアファックスの裁判所に提出した書類で、ハードは、陪審員が出した判決を無視し、新たに裁判をやり直すことを要求。根拠のひとつとして、この裁判は2018年12月、「Washington Post」に掲載されたハードの意見記事が名誉毀損に当たるかどうかについてであるのに、デップ側がそれ以前の話を引っ張ってきたことを挙げている。たとえば、デップは、2016年、ハードがデップに対する一時的接近禁止命令を出してから、ずっと真実を語りたかったのに語ることができないでいたと述べた。また、ハードがデップによるDVを訴えたせいで「すべてを失った」とも証言している。これらの発言は2018年12月より前のことについてであり、この裁判で持ち出されるべきことではなかったというのだ。

 また、ハード側は、判決で言い渡された金額にも不満を申し立てている。陪審員は、ハードに、デップに対し損害賠償1,000万ドルと、懲罰的損害賠償500万ドルを支払うよう命じた(後者はヴァージニア州の上限に合わせ、ただちに35万ドルに引き下げられている)。しかし、問題の意見記事が掲載された2018年12月以降にデップがこれだけの損害を受けたという証拠はなく、この金額は高すぎるというのである。

 デップは、ハードの意見記事が出てまもなく「パイレーツ・オブ・カリビアン」6作目から降板させられたと主張している。デップのマネージャーも、この映画に主演していれば、デップは2,250万ドルをもらえるはずだったと裁判で証言した。これらに対しても、ハード側は、書面の記録があるわけでもなく、意見記事が理由で役を失ったという証拠もないと反論。陪審員が決めた金額が高すぎたり、逆に低すぎたりした場合、裁判所には裁判のやり直しを命じる権限があり、今回はそれが行使されるべきケースだと、過去の裁判例を挙げつつ説得する。

 さらに、ハード側は、陪審員のひとりの素性にも言及している。15番の陪審員番号を与えられた男性は、陪審員リストに1945年生まれと記載されているが、明らかにそれよりずっと若いというのだ。公に入手できる記録を調べたところ、その男性は1970年生まれのようで、つまり別人がなりすましで陪審員を務めたのではないかと疑っているのである。もしそうであった場合、ハードが不利な判決を受けた可能性があるとし、この件についてしっかり調査した上で、結果によっては裁判のやり直しをするべきだと、ハード側は述べる。

「こう来ることはわかっていた」とデップの弁護士

 そのほかにも、ハード側は、言論の自由や、あの意見記事にはデップが暴力を振るったとは書かれていないこと、デップが負けたイギリスの判決など、これまでさんざん言ってきたことを繰り返している。相手がこういった手段に出てきたことについて「Courthouse News Service」に感想を聞かれると、デップの弁護士チームのリーダーであるベン・チュウは、書類が43ページにわたっていたこと触れて、「こう来ることはわかっていましたよ。(思ったより)長かったけれど、中身はないですね」と余裕の返事をした。たしかに、デップの弁護士らにとっては驚きではなかったのかもしれない。ハードにほかの道はないからだ。

 現地時間先月1日に判決が出ると、ハードも、ブレデホフトも、ただちに控訴すると息巻いた。しかし、判決を正式に裁判記録に収める手続きがなされた先月24日、「控訴するのに保証金はいくら必要か」と判事に聞いたブレデホフトは、「賠償金の全額と、年に6%の利子」と言われて愕然としたのである。控訴に当たり、裁判で命じられた賠償金の一部を保証金として預け入れなければならないのは普通だが、まさか全額だとは想定していなかったようだ。しかも、控訴するなら、判決が正式となった日から30日以内に行わなければならない。そもそも持っていないお金を、そんな短期間に用立てることなど不可能。だが、黙って判決を受け入れるわけにはいかない。それはつまり賠償金を払うのを受け入れるということだからだ。ならば判決そのものを無効にさせようと思ったのだろう。裁判のやり直しであれば、そんな大金を用意しなくてもいい。

 しかし、6週間もかけて行った裁判を、結果が気に入らなかったからといってそう簡単に覆すことができるものだろうか。それに、何度やろうと、ハード側が出してきた薄っぺらい証拠に変わりはない。陪審員らは、それらをたっぷりと見せられた上で結論を出したのだ。裁判終了後、匿名でテレビの取材に応じた陪審員は、友人やお金を払って証言した専門家の言葉は無視し、完全に証拠だけを見て判決を出したと語っている。

 それでも、崖っぷちに立ったハードはまだあがく。テレビの独占インタビューでも、デップにDVを受けたという主張を死ぬまで貫くと彼女は言っていた。この必死の試みに、裁判所はどう対応するのか。却下された場合、彼女はまだ控訴をするのか、いや、できるのか。諦めという単語を辞書に持たないハードが次にどう出るかが注視される。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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