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アンバー・ハード独占インタビュー、視聴率は最悪

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 全世界の注目を集めた裁判の当事者が、胸の内を赤裸々に語るーー。

 極秘のうちにアンバー・ハードの独占インタビューを収録したNBCは、これが全米の視聴者を釘付けにすることを期待していた。そのインタビューが現地時間17日夜8時に報道番組「Dateline」の特集として放映されることを知ってもらうため、NBCは、月曜から水曜にわたって朝番組「Today」の中でインタビュー映像の一部を公開。それらの映像はツイッターでも拡散され、十分に話題を集めていた。

 だが、蓋を開けて見たら、視聴率はさっぱりだったのだ。この番組を見た人は、全米で230万人(注:アメリカでは視聴率をパーセンテージではなく人数で表記する)。前の週より18%ダウンで、昨年11月から現在までで2番目に低い。広告主が重視する18歳から49歳の視聴率は、前週からなんと50%もダウン。今シーズンで最悪だった。

 この結果を受けて、ソーシャルメディアには、「私は見なかった。同じDV被害者としてジョニー・デップを支持するから」「デップが出たら、そこに座ってマフィンを食べているだけでも『Dateline』で史上最高記録の視聴率を稼げたのにね」などというコメントが飛び交っている。「アクアマン」続編からまだハードが完全に削除されていないことに不満を持つデップ支持者による、「私たちがあの映画を見に行かないことにどれくらいの影響があるか、わかったでしょう」というスタジオへの警告のコメントもあった。

 また、あるツイッター利用者は、「これはメインストリームのメディアが信頼を失った結果。私たちはソーシャルメディアやYouTubeなど、もっと正直な情報源に頼るようになった。人々はもううんざりしている」とシビアなコメントをしている。これは、裁判が進むうちにデップ支持者の間で言われるようになってきたことだ。デップが勝訴してからですら、大手の新聞やネットワークには、ハードに肩入れするとまではいかなくても、少なくとも中立であろうとするところが多い。新聞はハードの敗訴が「#MeToo」やフェミニズムにどんな影響があるのかということを女性の識者やライターに書かせたりしたし、NBCも今回の独占インタビューに「New York Times」のコラムニストを出してきて、同じようなことをかなり長く語らせている。女性を悪者認定することで自分たちが悪者にされることを恐れ、明らかに裁判を見ていない人を出してでもバランスを取ろうとしているのだろうが、あの長い裁判で全部の証拠を見て、証言を聞いてきた人たちにすれば、完全に的外れだ。

NBCはハードの失言を本番からカット

 それらの人々は、NBCがこの独占インタビューでやったことを知れば、さらに遠のいていくだろう。金曜日に放映された番組では、予告映像にあった、ハードにとって都合の悪い部分が、カットされていたのである。筆者が気づいただけでも2カ所あった。

 ひとつは、インタビュアーのサヴァンナ・ガスリーが、寄付についてハードに聞いた部分。デップとの離婚でもらった700万ドルを、ハードは「約束通り全部寄付した」と宣言していたが、それが嘘だったことは裁判で明らかにされている。事前に放映された予告映像の中で、ガスリーが「あそこに座っていた陪審員たちは、あの瞬間、あなたの嘘がばれたと思ったのではありませんか?」と聞くと、ハードは「この裁判は、私がどういう人間なのかとか、私が嘘つきなのかとか、そういうことばかりに気を取られていたように思います」と、直接答えることから逃げようとした。それに対し、ガスリーが「それがこの裁判の焦点だったんですよ。どちらが信頼に値するかのコンテストだったのです」と言うと、ハードは「今思えば寄付なんてするんじゃなかった」と言ったのである。

 この最後の言葉を聞いて、「すごいことを言うなあ」と思ったのを筆者は覚えている。そもそもほとんど寄付をしていないのだから、言うにしても「寄付をするなんて言うんじゃなかった」が正しいのではないかとも思った。だが、金曜日に放映された本番には、ここがなかったのだ。その直前でカットされ、デップとハードがカップルだった頃の報道映像に切り替わっている。

 もうひとつは、裁判で再生された音声ではデップに暴力を振るったと認めているのに、このインタビューでハードがまた「自分から暴力を仕掛けたことはない」と言った矛盾をガスリーに指摘された時の答。ハードは「証言でも言いましたが、命が危険に晒されている場合、人は自分のせいでなかったことも自分のせいだったと認めざるを得ないのです。心理的、感情的、肉体的に暴力を受けている時、私やあなたのように、これは白黒はっきりしていると言えるような贅沢はないのです」と言っている。

 しかし、本番のインタビューには、「私やあなたのように」の部分がない。ハードはDVを受けている女性たちの代表としてふるまってきたのに、「私やあなた」、つまりセレブであるハードやガスリーはその人たちより上なのだと言ってしまったことに気づいたからではないかと思われる。

ハードの嘘をまた聞くことに人は興味がない

 念のため、YouTubeで予告映像を再チェックしたが、そこにはどちらの発言も、筆者が最初に聞いた通り、しっかり残っていた。つまり、NBCはインタビューを編集し直したということ。それがハードの広報チームからのリクエストだったのか、NBCの独自判断だったのかはわからないが、ハードのためにやってあげたことはたしかである。編集されず、すべてがそのまま流される裁判の中継を見てきた後だけに、このような操作にはなおさら抵抗を感じる。

 だが、結局のところ、このインタビューはほとんど誰にも見られなかった。だから、これらの小さなことは、カットされてもされなくても、あまり変わりはなかっただろう。このインタビューはハードに取ってプラスにもマイナスにもなっていない。これが何かをもたらしたとすれば、人は彼女の嘘をまた聞くことに興味がないという事実が証明されたということぐらいだ。それでもまだどこかの出版社はハードの本を出そうとするのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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