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それは愛ではなく、ジョニデが与えてくれる生活を手放したくなかったアンバー・ハードの執着

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
恋が始まったばかりの2011年11月のふたり(写真:ロイター/アフロ)

「私は彼を愛しています。彼のことを心から愛していました」。

 テレビキャスター、サヴァンナ・ガスリーとのインタビューで、アンバー・ハードは、元夫ジョニー・デップへの変わらぬ愛を宣言した。

 このやりとりは、現地時間水曜日に朝番組「Today」で公開された短い映像の中にあったもの。NBCが行った独占インタビューの、いわば予告映像で、完全なインタビューは金曜日夜に放映される。その前日に公開された予告映像で、ハードはデップのことを嘘つきだと責め、彼からずっとひどい暴力を受けてきたという主張を繰り返していた。どう考えても矛盾することを、ハードは同じインタビューの中で言っているということである。

 ハードの言うことは嘘だらけなので、こういう辻褄の合わないことはあちこちで起きる。最終弁論で、デップの弁護士は陪審員に、ハードの言うことのどれを信じるかを選ぶべきではなく、全部信じるか全部信じないかの二択だと言った。まさにその通りだと思うので、筆者はこのガスリーとのインタビューで彼女が何を言おうと信じない。彼女が今でもこんな悪あがきをやっている事実と、裁判でデップが証言したことを合わせて考えるに、彼女がデップを「愛していた」というのもまた嘘だと思う。当時のデップはきっと認めたくはなかっただろうが、彼女が愛していたのは、デップが与えてくれる生活と地位。デップ自身に対して今も持っているのは、愛ではなく執着なのだ。

デップが与えてくれた夢のような生活

 今から11年前、ハードは突然にしてシンデレラとなった。演技力に問題があるのに(もちろんハードにそんな自覚はなかったが)、「ラム・ダイアリー」のヒロインに抜擢してくれたデップは、撮影中にも彼女に気のあるそぶりを見せていたが、宣伝活動で再会すると、完全に惚れてきたのである。世界のトップスターである彼は、23歳も下のハードを夢のような世界に連れて行ってくれた。そこで目にしたのは、プライベートジェットや高級赤ワインなど、それまで知らなかったものの数々。優しいデップは馬も買ってくれたし、テキサスにいる両親にも最高のもてなしをしてくれた。

 デップがロサンゼルスのダウンタウンに所有するアールデコのペントハウスで同棲することになった時、親友と遠くなるのが寂しいと思っていると、デップは、隣接する5つのペントハウスのひとつに親友とその恋人も住めばいいと言ってくれた。別のペントハウスには妹が住むようになり、もうひとつのペントハウスはハードのクローゼットと絵を描くためのスタジオとして使っていいと言う。誕生日パーティにはデップのお金で1本500ドルするお気に入りワインを何本も注文。結婚式はデップが所有するバハマの島、ハネムーンはオリエント急行の旅だった。

 デップの恋人、後には妻となったことで知名度は上がったものの、女優としてのキャリアはあいかわらずぱっとしなかった。だが、デップがスタジオのトップ3人に電話をしてくれたことで、超大作「アクアマン」のヒロインの役を手に入れることができた。出演料は100万ドル。続編では、その倍の200万ドルをもらえる。

 そんな素敵な生活を与えてくれるデップに愛されていようと、ハードは精一杯、かわいい女性を演じた。デップが家に帰ってくると、自分の手でブーツを脱がせてあげ、グラスワインを持ってきてあげた。しかし、自分でない人をずっと装い続けるには限界があり、1年半も経つと、ボロが出始める。子供の頃、父から暴力を受け、自分も妹に暴力をふるって育ってきたハードは、デップが自分の思い通りのことをしないと、彼に対して暴力をふるうようになった。もともと人として本気で愛していたわけでもないから、ばかにしていることは態度にも出てしまう。「あなたは将来、太って歳を取ってひとりで死ぬのよ」とも言ってやったし、デップがディオールの香水の顔に選ばれた時も、「なぜあなたのような人が選ばれるのかわからない」と本気で呆れてやった。

2015年1月、「チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密」の宣伝で来日したデップとハード。この頃にはハードの暴力がひどくなっていた
2015年1月、「チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密」の宣伝で来日したデップとハード。この頃にはハードの暴力がひどくなっていた写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

 それでも一緒にいてくれるので、愛されている自信に後押しされ、ハードはますます図に乗っていく。だが、言い争いを逃れてひとりになりたいと、デップがバスルームにこもったり、別の家に行こうとしたりすると、パニックした。自分を置いていくなんて許せないのだ。置いていかれると、ハードは、数分おきに数十回もテキストメッセージを送って執拗にデップを呼び戻そうとした。ハードがパーソナリティ障害を持つと診断した心理学者シャノン・カリーは、裁判で、その症状のひとつに「捨てられることに恐怖を持ち、いつもかまっていてもらいたがる」ことを挙げている。

 そして、ついに本当に捨てられるとわかった時、ハードはかまってもらうために究極のことをするのだ。デップから離婚を切り出されたことに憤りを覚えた彼女は、彼がバンドのツアーでロサンゼルスを離れた隙に、自分から離婚申請をする。それがメディアに気づかれなかったことにがっかりすると、次に、デップにDVを受けていたことにしようと考え出した。あざのある顔で裁判所に接近禁止命令を取得しに行くに当たっては、ゴシップサイトに前もって通告し、パブリシストに着いてきてもらった。

 これには思った通りの効果があったものの、デップの離婚弁護士から「2週間以内にペントハウスを出て行くように」と言われ、衝撃を受ける。「そんなことを言われても困る。私たちにどこへ行けというの」とデップに抗議をすると、彼は「もう少し時間をかけてもいいから」とは言ったが、出ていかなくていいとは言ってくれなかった。そうやって離婚の手続きがどんどん進んでいく中、ハードは、バンドのツアーの最終地点であるサンフランシスコにいるデップに会いに行く(接近禁止命令を出している相手に自分から会いに行くとは、実におかしなことだ)。この面会で、デップはハードがDVを受けたという嘘を撤回すると言ってくれることを期待していたが、それは起こらなかった。

ハードの人生にデップはずっと居座り続ける

 デップが要求を全部受け止めてくれたおかげで、離婚の協議は2ヶ月半ほどで終了。もらう約束の700万ドルも、離婚が正式に成立した1年後までに分割ですべて支払われた。これでふたりの関係は完全に切れたはずだが、ハードの心の中で、捨てられた悔しさと華やかな生活への未練は、消えていなかった。

 そんなところへ、寄付してあげると約束していたアメリカ自由人権協会(ACLU)が、DV被害者として意見記事を書かないかと話を持ち込んでくれたのである。これは、全女性のために立ち上がる勇気ある人としてのイメージをつける上で、すばらしい手段。「アクアマン」の公開のタイミングで掲載されれば宣伝にもなるし、何よりデップに小さな復讐ができる。殴られても、ウォッカのボトルを投げつけられても自分に手を出してこなかったデップがこの記事を見て訴訟してくることなど、この時、ハードは予想もしていなかった。

 だが、デップはこれで完全に堪忍袋の緒が切れたのである。そして、DV男扱いされること6年、デップはついに自分の口で真実を語り、世間に信じてもらうことができた。デップの弁護士によれば、デップの長年の友達は「彼のこんな明るい表情をしばらく見ていない」と言ったという。デップは今、すっきりとした気分で未来に向けて歩いていこうとしている。その未来に、ハードはいない。

 でも、ハードは違う。テレビに出ては誰にも信じてもらえないことをまた繰り返し、本も書こうとしている彼女の人生の真ん中には、しっかりとデップが座っている。デップのおかげで味わった贅沢を、デップのせいで失い、さらに世間からも嫌われたことが許せないのだ。それはデップのせいではなく自分のせいだったのだと気づかない彼女は、これからも自分を正当化するためにデップを使っていくのだろう。控訴に向けての準備もすでに進めているが、控訴のハードルは高く、たとえ実現するにしても長い時間がかかる。これからどんな生活を望んでいるのかと聞かれたハードは、「弁護士との電話に邪魔されることなく、フルタイムの母親として生活をしたい」と言った。それは、すべての彼女の発言と同じように、ただ空っぽに響く。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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