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「泣き顔だけど涙が出ていない」。ジョニデ弁護士がアンバー・ハードの“法廷演技”を突く

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
裁判最終日を終えたジョニー・デップ。右の女性は弁護士のヴァスケス(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「彼女の演技コーチは、ミス・ハードは泣く演技で涙を出せないと言いました。あなたたちは、それを実際に目撃しましたね。ミス・ハードは、泣き顔なのに涙が出ていませんでした。ずっと耐えてきたという虐待を思い出しているというのに。あれは演技だったのですよ」。

 ジョニー・デップの弁護士カミール・ヴァスケス*は、最終弁論で、陪審員たちにそう語りかけた。皮肉なことに、その演技コーチは、アンバー・ハードのために証言をした人だ。デップのチームは、見事にもそれを自分たちのために使ってみせたのである。

 6週間に及んだ名誉毀損裁判の最終日となった現地時間5月27日は、偶然にも、ハードがデップに対する一時的接近禁止命令を申請してからちょうど6年に当たる日だった。最終弁論はデップ側が先。ヴァスケスは冒頭で、きっちり6年前にハードがあざのある顔で裁判所に現れたのは自作自演であったことを、証拠を振り返りつつあらためて強調。「この部屋にはDV加害者がいます。ですが、それはミスター・デップではありません。そしてこの部屋にはDV被害者がいます。それはミス・ハードではありません」と述べている。

 その事実を思い出させるため、ヴァスケスは、この裁判ですでに陪審員が聞いた録音された会話を再生した。その音声で、ハードは自分がデップを引っ叩いたことをはっきりと認めている。再生がストップした後、ヴァスケスは、「たった今聞いたことについて、ちょっと考えてみてください」と陪審員に言った。「これが本当のミス・ハードなのです」。

 ヴァスケスは、この裁判では両方の側から実にたくさんの録音音声が証拠として出されたが、デップがハードに暴力を振るったと認めるものはひとつもなかった事実も指摘。「それは存在しないのです。そういうことは一度も起こらなかったのですから」。

 さらに、複数の具体的な例を出し、ハードが裁判で偽証をしたことを批判もした。「ミス・ハードの言うことのどれを信じるのか、選ぶべきではありません。全部信じるのか、全部信じないのかのどちらかです」。最後にヴァスケスは、この法廷でデップのために証言した20人ほどの名前を挙げ、「これは、ミス・ハード対ミスター・デップではないのです。ミス・ハード対これらの人たち。そのどちらを信じるかという話なのです」と述べている。

 ヴァスケスの後には、デップの弁護士チームのリーダーであるベンジャミン・チュウが陪審員の前に立った。チュウは、デップが幼い頃から自分を虐待してきた母親をロサンゼルスに呼び寄せ、所有する家のひとつに住まわせてあげて最後まで大切にしたことを例に挙げ、愛する女性が自分に暴力を振るってきたとしても暴力で対抗する人ではないのだと説得している。また、これは「#MeToo」とはまるで違うとも述べた。

「#MeToo」とは、その言葉通り、男性から被害を受けた女性たちが次々と名乗り出ること。デップの場合は、ハードの前にも、後にも、誰ひとり名乗り出ていない。「真の被害者は、守ってあげなければなりません。ミス・ハードは真の被害者ではありません」と、チュウは語っている。

ジョニー・デップとベンジャミン・チュウ
ジョニー・デップとベンジャミン・チュウ写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 一方で、ハードの弁護士ベン・ロッテンボーンは、デップ側を全DV被害者の敵と見せようとした。ハードが暴力を受けたという翌日に何の形跡もない顔でイベントに出席した写真は複数あるし、デップがハードに暴力を振るうのを目撃したと証言する人はいないのだが、「写真がなかったのだから、暴力はなかったというのです。友達に言わなければ、それはなかったというのです」と彼は言っている。またロッテンバーンは、今回の訴訟の焦点である、ハードが「Washington Post」にDV被害者として寄稿した記事を陪審員に見せ、「ミス・ハードにはこの記事のようなことを書く権利がありますか?アメリカ合衆国において、地獄のような目に遭うことなく、このような記事を書くことは可能ですか?」と問いかけてもいる。彼らはこれを言論の自由の問題にしようとしているのだ。

 ハードのもうひとりの弁護士イレーン・ブレデホフトは、ハードが離婚で得た700万ドルを「すべて寄付した」と嘘をついたことについて、「彼女には今も寄付をするつもりはあるのです。寄付先もそれを了承しており、いつでもいいと言ってくれています」と言い訳をした。ハードが「アクアマン2」から外されそうになったのは、ハードへのネガティブな意見がソーシャルメディアで広がっていったからだとの主張も繰り返し、名誉毀損を受けたのはハードなのだと陪審員に訴えかけている。

 それらの言葉を聞いている間、デップと彼の弁護士は余裕の態度だった。時にはおもしろがっているような表情さえ見せたほどだ。結果がどうなるのかはわからないものの、デップはこの裁判に満足したようで、笑顔でチュウを抱きしめたりして祝福をしていた。

 最終弁論の終了を受け、陪審員たちはすぐに審議をスタートした。彼らが判決を出すのにどれだけ時間がかかるかは、誰にもわからない。長い裁判で、証拠がたくさん提出されただけに、審議も長くなるのではとの憶測も聞かれる。そして、この判決は全員一致でないとだめなのだ。陪審員らの間で、これからどんなことが起こるのか。ドラマはまだ終わっていない。

*過去の記事でカミーユとしましたが、カミールが正しい発音のようなのでそのように表記しました。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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