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ジョニー・デップ裁判:「アクアマン」がヒットしてもアンバー・ハードは売れっ子にならなかったという事実

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 本人がどう思おうが、アンバー・ハードは“映画スター”ではなかった。ヴァージニア州で行われている裁判で、そんな厳しい事実が露呈された。

 4月11日に始まったジョニー・デップとハードの名誉毀損裁判では、「ラム・ダイアリー」のオーディションでハードの演技力が問題視されていたことを、デップがすでに明かしていた。また、デップと彼の弁護士は、ハードが「アクアマン」の役を得られたのはデップの力だったと示唆している。そんなところへ、今度はメジャースタジオのトップや業界の大ベテランから、ハードがスターとして力量不足であることを指摘されてしまったのだ。

 この裁判は、DV被害の経験者としてハードが「Washington Post」に書いた記事をめぐってデップが起こしたもの。記事の中にデップの名前は出てこないものの、それが誰であるかは明白で、この記事のせいで自分は「パイレーツ・オブ・カリビアン」を降板させられることになったとデップは主張している。それに対し、ハードもデップを名誉毀損で逆訴訟した。デップの友人で弁護士のアダム・ウォルドマンが、ハードはDV被害を自作自演したとコメントし、ソーシャルメディアでネガティブな投稿が急増したせいでキャリアに悪影響が出たというのが、ハードの言い分だ。

 その争点のひとつとなっているのが、「アクアマン2」である(正式なタイトルは『Aquaman and the Lost Kingdom』だが、ここではわかりやすいように『アクアマン2』で通す)。

 ソーシャルメディアのネガティブキャンペーンの影響を受け、来年公開予定のこの映画で自分の出番は大幅に減らされたと、ハード。「続編に出してもらえるよう、闘わなければなりませんでした」「自分の出番がどんどん減って、アクションシーンなどもなくなっていきました」「完成作に自分のシーンが残っているのかどうかわかりません」などと、ハードは証言している。ハードのエージェント、ジェシカ・コヴァセヴィックも、一時期ハードが「アクアマン2」の契約から解除されたことがあったと証言した。ハードの役が小さくなったことについても、「映画が公開された時にはみんな満足していたのに。考えられるのはそれしかありません」と、世の中でハードへの批判が強まっていったことが原因だと述べている。

「アクアマン2」では女優交代も検討されていた

 ただし、スタジオは、コヴァセヴィックに、主演のジェイソン・モモアとハードの間にケミストリー(スクリーン上の相性)がないからだと理由を説明していた。コヴァセヴィックはそれを言い訳だと信じたのだが、スタジオの証言で、それが本当だったとわかったのである。

 アメリカ時間24日、ビデオを通じて証言を行ったのは、ワーナー・ブラザースでDC関連の映画製作のトップを務めるウォルター・ハマダ。ハマダによると、ハードの役が小さくなったことに、ウォルドマンによる「自作自演」非難やデップとの争いは、まるで関係していない。ウォルドマンが「Daily Mail」に対してそのコメントをしたのは2020年だが、「アクアマン」の製作陣は、映画が公開される2018年12月よりも前に、ハードに問題を感じていたのである。

 理由は、まさにコヴァセヴィックが言われたとおり、モモアとの間に「ケミストリーがないこと」。ポストプロダクション作業中にそれは明白になり、フィルムメーカーらは、編集や音楽を工夫し、違ったテイクを使ってみては、ケミストリーがあるように見えるよう工夫をしたのだと、ハマダは述べる。

「映画のマジック、編集の力で、偽のケミストリーを作り出したのです。映画をごらんになれば、問題がないように見えるでしょう。でもあそこまで行き着くには多くの努力が必要だったのです」と、ハマダ。ハードの弁護士が、「ケミストリーとは何ですか」と聞くと、ハマダは、「それが、その人を映画スターにするのです。ある時はすぐにわかります。それがなかったのです」と答えた。

 普通より大変なポストプロダクションを経験したハマダは、ハードをこの役から降板させ、「アクアマン2」のために誰かもっと自然なケミストリーのある女優を雇おうと考えたとも述べている。だが、そのためのオーディションを実際に行うことはなかった。

 続編でハードの出番が大幅に減ったことについて、ハマダは、続編は最初からモモアとパトリック・ウィルソンに焦点を当てる男の友情ものにするつもりだったのだと説明。コヴァセヴィックは、1作目が大ヒットしたのを受け、ハードのギャラをさらに高くしてもらえるよう交渉するつもりだったと語っていたが、ハマダは約束されていた以上のギャラをハードに払うつもりはなかったと断言した。一方で、モモアとはギャラの再交渉をしたことを認めている。

本当に大ブレイクしたなら、オファーがたくさん来ていたはず

 ハマダの後に証言をしたエンタテインメント弁護士リチャード・マークスは、ハマダがここまで正直に語ったことに驚いている。ハードがワーナーと結んでいたのは、業界で「オプション契約」と呼ばれるもの。続編を作る場合、出演してもらうオプション、すなわち選択肢はスタジオにある、という契約で、オプションを行使しない場合(つまり次には出てもらわない場合)、スタジオはその理由を説明する必要はない。50年もハリウッドでスタジオとタレントの契約交渉にかかわってきたマークスによれば、タレントとの今後の関係を悪くしないためにも、スタジオは本当の理由を言わないことが多いのだという。だが、ハードのオプション行使を迷った理由について、ハマダはあえて真実を述べたのだ。

 マークスがデップのためにこの法廷で証言するのは、これが2度目。前回は、ハードによる「Washington Post」の意見記事がデップのキャリアをどれだけ傷つけたかについて語ったが、今回は、ハード側が主張する、ハードが受けたダメージについて反論するため再びやって来た。

 ハード側は、「アクアマン」が公開された2018年12月、ハードはスターとして大ブレイクをしたのだと述べていたが、マークスは、それが起こるのは主役に対してであり、脇役にはあまり起こることではないと主張。もし、本当に大ブレイクを果たしたなら、勢いがあるそのタイミングでどんどんすばらしいオファーが来ていたはずで、それらの仕事を入れるべきだったのだと述べた。しかし、ハードの場合、「アクアマン」の後に出たのは、8話構成のテレビシリーズぐらい。「アクアマン」はヒットしたが、ハードは決して売れっ子になったわけではないのだと、彼は示唆している。

「アクアマン」の後いろいろなオファーがかからなかったのは、ウォルドマンがハードはDV被害を自作自演したと言ったからだとのハード側の主張にも、マークスは迎え撃った。ウォルドマンが「Daily Mail」にそのコメントをしたのは、「アクアマン」の公開から1年半も経ってからのことなのだ。「その間、彼女は何も映画をオファーされなかったではありませんか」と彼は厳しく言い放っている。

 この裁判が始まって、本日で21日目。最終弁論は現地時間今週金曜日で、すでにカウントダウン段階に入っている。証言のために残された時間は、あと2日しかない。現地時間明日25日には、デップの過去の恋人ケイト・モスの証言がある予定だ。世界中が見守るセレブリティのバトルには、まだまだ驚きが待っているのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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