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「この人は日本人に見えますか?」日本人俳優が暴露する、ハリウッド”多様化”のリアル

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
長年、現場でハリウッドを見てきた松崎悠希氏(本人提供)

 アカデミー賞授賞式が、目の前に迫った。かつてアカデミー賞の司会者は、スティーブ・マーティン、ビリー・クリスタル、ジミー・キンメルなど、主に白人の男性だったが、今年は人種を交えた女性コメディアン3人。プレゼンターの顔ぶれにも、人種、性別など、バランスが配慮されている。

 アカデミーが本格的に多様化への努力を始めて、6年。その成果が見えてきた2年前には、韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が作品賞を受賞するという大きなサプライズがあった。ハリウッド全体を見ても、この間、「クレイジー・リッチ!」「シャン・チー/テン・リングスの伝説」などアジア系、「イン・ザ・ハイツ」などラティーノ系キャストの映画が作られてきている。スピルバーグ監督による「ウエスト・サイド・ストーリー」も、1961年版と違い、プエルトリコ系のキャラクターにはプエルトリコ系をキャストした。

 だが、本当にハリウッドは多様化したのか。

 ハリウッドで約20年間活動してきた日本人俳優、松崎悠希氏は、きっぱりとそれを否定する。ハリウッドには差別やステレオタイプが残っているという事実をSNSで発信し続ける松崎氏はまた、短編映画「モザイク・ストリート」を製作し、お手本を示してもみせた。ハリウッドのどこがどんなふうにおかしいのか、それらをどう改善していけばいいのか。オンラインインタビューで聞いた話を、前後編にわたって紹介する。

――アカデミーは、2016年以来、多様化を最大の目的に掲げ、有色人種、女性、若い人をアカデミー会員に招待してきました。それぞれの作品の製作現場でも、マイノリティを入れないといけないようです。しかし、実際にはまだ十分でないということですか?

 そもそもハリウッドが言う「多様化」というのは、本当の意味での多様化ではないんです。ただの見てくれの問題。多様化をしていますよというポーズ。トランプのカードにはハート、ダイヤ、スペード、クラブの4種類があるじゃないですか。ハリウッドは、そのカードが揃っていますよと見せるためだけにやっている。この4種類に当てはまらない人は、外れるんです。つまりハリウッドが「多様化」という目的のためにアジア人や黒人を出さなければならなくなった時、ミックスルーツ(人種が混じった人)や、人種が特定できない人は、含まれない。実際にはめちゃくちゃ差別しているんですよ。

 僕はここ何年か、ハリウッドの映画やテレビのキャスティングを手伝っているんですが、多様性とか、差別がなくなったとか、一切感じないですね。日本人役のキャスティングで、彼らは「この人は日本人に見えますか」と最初に聞いてくる。両親揃って日本人なのかとか。ハリウッドには自分たちが考えている日本人像というのがある。僕の親は両方とも日本人ですけど、僕ですら「Not Japanese enough(あまり日本人には見えない)」って言われたりしましたよ。「This time, we are actually looking for more traditional type(今作では、伝統的なタイプを求めているので)」とか。どういうことですか(笑)?

――その結果、最近はハリウッド作品のオーディションを受けなくなったとか。

 ここ5、6年くらい、ハリウッド作品のオーディションは却下しています。キャラクター設定を見た時点で、ハリウッドが求めている日本人像っていうのが見えちゃうんですよね。自分がまたそのステレオタイプな描写に手を貸すのかと。たとえギャラが高額でも出たくないと思っちゃうんです。

 一昨年、とある映画の主役級のオファーがあったんです。でも、台本を読んだら、日本人の描写がめちゃくちゃだったんですよ。日本人イコール悪人という前提からスタートしていて、何の理由もなく日本人のキャラが残虐なことをしたり、人を虐待したりするんです。

 それで僕は、オファーを受けた3日後に「この作品の日本人の描写に関するまとめ」という報告書を作ったんです。その映画の日本人描写のどこがおかしいかというのを3ページにわたって書いたんですよ。そして「この作品には偏見に基づいた描写が散見されます。これらをすべて修正したらこのオファーを受けます」と言ったんです。

――相手の反応はどうでしたか?

 なんと修正条件を飲んだんですよ。彼らは無自覚だったんです。彼らの中にある日本人像がそういうものだったせいで、差別的な描写を無意識にしていたんですよね。もしその作品がまた僕のところに戻ってきて、日本人の描写がちゃんと直っていたら受けなければいけないです。オファーを蹴ればよかったじゃないかと思うかもしれないですけど、僕が蹴ったら誰か別の人が受けますから。そしてその作品は世に出ることになるんです。だったら、有利に交渉をしてやろうって思ったんですよね。

 お金の問題ではないんです。どのような日本人像を世界に出していくのかということに対しての責任が、僕にとっては本当に大きくて。それで、自分にそういう交渉権を持たせてもらえないハリウッドの作品には出たくないんですよ。

「ラスト サムライ」(2003)の一場面(Album/アフロ)
「ラスト サムライ」(2003)の一場面(Album/アフロ)

――一般的なハリウッド作品の有色人種の描き方にはどんな問題がありますか?

 ハリウッド作品は、基本的に「America as number one(アメリカこそ一番)」。アメリカこそ多様でインクルーシブ(みんなを受け入れる社会)であり、それ以外の国は真逆の存在という姿勢。だからハリウッドが描く日本はインクルーシブではないんですよ。

 それと、よくあるのは、白人が救ってくれる「White Savior(白人の救世主)」もの。文化的に優れたアメリカ人が野蛮な日本にやってきて、その中でもまれ、結果的に日本社会にある問題を解決するというようなストーリー。これをハリウッドはずっとやってきているんですよ。

 そういう作品では、主人公が心を開く相手は必ず英語がしゃべれるんです。アメリカやイギリスの大学を出ていたりとか。つまりこの野蛮な国の人ではない。他の国で教育を受けた人。基本的に、日本というのはアメリカより劣ったものであり、そこにアメリカ人、白人のキャラクターが入っていって、その劣った社会で唯一心を通わせることができる、英語がしゃべれたり、アメリカナイズされたりしているキャラクターとともに問題を解決していくっていう。

――ですが、日本の観客はあまり文句を言いません。

 そう、怒らない。奴隷根性ですよ。「ラスト サムライ」の頃は僕も含めてみんなそうでした。トム・クルーズ様が日本を描いてくれて嬉しいとみんな思ったじゃないですか。でもあれって19年前ですよ。その卑屈な感情をなんで僕たちが持ち続けないといけないんですか?

 日本人俳優もありがたがっているんですよ。今ハリウッドで活躍している日本人俳優たちも、自分たちが出してもらえるのは嬉しいから、たとえ描写が変だったとしても、使ってもらえるのはありがたいと思っている。だから「ブレット・トレイン」(ブラッド・ピット主演。7月29日北米公開予定)のようなひどい日本の描写がまた出てきても、誰も文句言わない。

 ハリウッドで超有名なプロデューサーやその取り巻きの人たちと一緒にご飯を食べたことがあるんですよ。そこで中国市場の話題が出て、「中国人を怒らせないよう配慮して映画を作らなければ」と彼らは言ったんですが、その人たちって前に日本人を差別的な描き方をしたことがあるんです。それを指摘すると、「日本人は怒らないから」と。日本人は抗議しないし、ボイコットしないし、興行収入にも影響しないから、中国ほど気をつけなくても良いのだと。

――ハリウッドだけでなく、日本の映画やドラマが描く日本の姿も実際とはかけ離れていると、松崎さんは訴えられています。

 ハリウッドが考える日本像というのは、さっきも言ったような、典型的なステレオタイプ。逆に、日本には、美化された、様式美として完成された伝統的なものを正しい日本像だと思っている人たちがいます。そのどっちになっても、実際の日本からはかけ離れていくわけです。現実の日本社会にいる多様な日本人は無視される。その「様式美」の日本を出し続けているのが、日本の映画とテレビです。

 つい最近、僕が作った「モザイク・ストリート」を見てくれたハリウッドの映画関係者と話したんですが、びっくりされたようですよ。アフリカ系アメリカ人だと思っていた登場人物が突然日本語を話し始めたから、「何これ?」と思ったんだそうです。

――日本人と言ってもいろいろいるんだということを伝えるために、多様なルックスの登場人物が日本語をしゃべる概念実証短編映画「モザイク・ストリート」を製作されたのですね?

 そうです。あの映画を作った理由は、海外の映画人に多様な日本というのをショック療法のように見せることで、既存の日本人像をぶっ壊すこと。もうひとつは、日本人の描写がステレオタイプであると僕は告発しているわけですけど、行動を伴わせて説得力を持たせようと思ったこと。

 今作を作るにあたって、僕は、「今作の最終目標は業界構造を変えること」と、監督や役者さんに言っています。今作を日本の映画人たちにたくさん見せて、その人たちが「すごいな、自分たちも作ってみたいな」という気持ちになれば、多様な日本を描いた作品が生まれることになる。どこかの会社に「うちでこれを作りませんか」と言わせたら、その時点で勝ちなんですよ。その会社は、自分たちは多様な日本の映画を作りたいですと意思表示をしたことになるんですから。

 すると、日本が世界に出していく日本というものが多様化される。マイノリティの日本人の役者が食べていけるだけの仕事が生まれる。そして日本の観客の人たちには、今までに与えられてきたもののクオリティがどれほど低いのか、実際の日本を反映していない、理想化された日本というものを与えられてきたのかということに気づいてもらいたい。「モザイク・ストリート」を見て2分もすれば、主人公が全員マイノリティだということがどうでもよくなっちゃうんですよ。マイノリティのキャラクターが存在することが普通になる。そうなると、マイノリティへの偏見とか差別が解消されていくんです。

 後編では、日本の映画やテレビ界の問題を中心に語ってもらう。

(本人提供)
(本人提供)

松崎悠希:1981年、宮崎県生まれ。高校卒業後、日本映画学校で学び、18歳でニューヨークに移住。直後に所持金を盗まれ、ホームレスになるも、最初に受けたオーディションに合格し、俳優デビューを果たす。現在はアメリカと日本、両方で活動。出演作に「ラスト サムライ」「硫黄島からの手紙」「ピンクパンサー2」「幸せの始まりは」など多数。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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