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#MeToo」男のグラミー賞候補入りに賛否両論

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
グラミー賞に候補入りしたコメディアン、俳優、映画監督のルイス・C.K.(写真:ロイター/アフロ)

 あんなに騒がれた「キャンセルカルチャー」は、結局のところ存在しなかったのか?アメリカ時間23日に発表されたグラミー賞のノミネーションが、人々を混乱させている。候補者の中に、「#MeToo」で業界を追放されたはずのルイス・C.K.と、過去のパートナーにDVを行っていたマリリン・マンソンが入っていたのだ。

 C.K.は、コメディアン、俳優、映画監督。「#MeToo」が勃発した2017年秋、「New York Times」は、彼が過去に女性コメディアンの前でマスターベーションをするなどセクハラをしていたことを暴露した。この報道を受けて、テレビ局は彼の番組の放映を取りやめ、公開を間近に控えていた彼の監督作「I Love You, Daddy」は、永遠にお蔵入りとなっている。クロエ・グレース・モレッツらこの映画の出演者は、お蔵入りの判断を待たず、この事実を耳にした段階で、宣伝活動をボイコットしていた。C.K.は、セクハラ行為をしたことを認めている。

 ミュージシャンのマンソンによるDVと性暴力は、今年2月、元恋人で女優のエヴァン・レイチェル・ウッドが告白したことで浮上したもの。これを受けてレコード会社は彼との契約を切り、テレビ局は彼がゲスト出演する回の放映を見合わせた。ウッドに続き、ほかにも複数の女性たちが彼から被害を受けたと名乗り出ている。マンソンは事実を否定している。

 C.K.を候補入りさせたのは、彼のスタンダップショーをレコーディングしたコメディアルバム「Sincerely Louis C.K.」。このショーの中で、彼は、「#MeToo」で嫌われ者になった体験をネタにしている。さらに「誰かとやりたいなら、まず聞かなきゃダメだ。イエスと言われても完全に乗っちゃいけない。何回も聞かないと。男は、女の人がその気かどうかをしっかりチェックしないといけない。だが、女は、その気がないのにその気があるように見せるのが得意なんだよね」などとも言っている。マンソンは、カニエ・ウエストのアルバムに貢献したことで候補入りした。

マリリン・マンソンとエヴァン・レイチェル・ウッド(2007年)。3年間の交際中、ウッドはマンソンから性暴力やDVを受けたと語っている。
マリリン・マンソンとエヴァン・レイチェル・ウッド(2007年)。3年間の交際中、ウッドはマンソンから性暴力やDVを受けたと語っている。写真:Splash/AFLO

 彼らがノミネートされるのを許したことについて、レコーディング・アカデミーのCEO、ハーベイ・メイソンは、「TheWrap.com」に対し、「我々は、作品を提出する人に制限をかけません。個人の過去を考慮することはしません。犯罪歴も関係ありません。(リリースされた)日付などが資格に見合うかだけです」と述べている。しかし、「我々がコントロールするのは舞台、ショー、レッドカーペット。出席したいという人についてはその都度判断します」ともつけ加え、C.K.やマンソンが授賞式に来ると決まったわけではないことを示唆した。

 アメリカのエンタメ界において、この展開は非常に意外だった。C.K.同様、2017年秋に勃発した「#MeToo」で名前を挙げられた男性たちは、ほぼみんなブラックリストされ、業界から姿を消したままであるからだ。今週はケビン・スペイシーが「ハウス・オブ・カード 野望の階段」の製作会社に損害賠償の支払いを命じられたことが報道され、「#MeToo」懲罰の重さが再確認されたところでもある。発端の人物であるハーベイ・ワインスタインは刑務所入りしているし、ブレット・ラトナー、ジェームズ・フランコ、ジェームズ・トバック、ジェレミー・ピヴェンも、すっかり過去の人になった。それなのに、グラミーは、「#MeToo」男たちに賞をあげるかもしれないというのだ。

ツイッターにはさまざまな意見が

 これを受けて、ツイッターにはさまざまな意見が飛び交っている。その中には、「ルイス・C.K.がグラミーに候補入りした今、キャンセルカルチャーは存在するなんて言わないでね」「セクハラをネタにしたジョークでグラミーにノミネートされるとは。たしかにキャンセルカルチャーは行き過ぎたわね」など、キャンセルカルチャーなど実はなかったのだと皮肉るものも多い。また「マリリン・マンソンとルイス・C.K.がグラミーに候補入りした。性暴力で女性を苦しめた歴史のある男たちが。ありえないこと」「#MeTooは哀れな男たちのキャリアを潰すことはなかったというわけだ」という怒りの声や、「ルイス・C.K.に候補入りしましたよと電話する人がお気の毒。電話口で彼がマスターベーションするのを聞かなきゃいけないだろうね」「みんな怒っているけど、どうせグラミーなんて誰も見ないよ」など、ジョークのコメントもある。

 一方で「グラミーはマイケル・ジャクソン、R・ケリー、クリス・ブラウンも支持した。この賞は私生活に対してではなく仕事に対して与えられるもの。弁護をするわけじゃないけれども、この賞がどんなものかを忘れてはいけない」「単にレコーディングがすばらしかったんだろう」「キャリアのすばらしい瞬間を楽しんでいる人を突き落としたいのか」など、少数ではあるが、ノミネーションを受け入れるものもあった。さらに、私生活で問題がない人だけに資格を与えたら対象になる人が減ってしまうという、音楽業界の醜いリアルを指摘するものも見られる。

 グラミー賞授賞式は、来年1月31日。おそらくこの話題は、その日までずっと盛り上がり続けるだろう。授賞式でこのふたりの顔を見たら、否定派はさらに神経を逆撫でされるに違いない。だが、もっと気になるのは、これが今回のグラミー賞にかぎったことなのか、それともこの傾向は進んでいくのかということだ。作品と作者は分けて考えるべきか、またいつになったら許していいのかという議論が、これをきっかけに再び展開されそうである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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