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アレック・ボールドウィン映画のクルーが怒りを爆発:命が失われたのは「怠慢とアマチュア仕事のせい」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
誤射事件が起きた映画「Rust」のロケ地(写真:ロイター/アフロ)

「24歳の女の子に武器のプロが務まるはずはない。その年齢の同級生、ご近所さん、インスタグラム仲間にも、この分野のプロはいないはずだ」。

 アレック・ボールドウィン主演映画「Rust」の現場で照明テクニシャンを務めた男性が、フェイスブックでやりきれぬ思いを明かした。

 その投稿をしたのは、この現場で起きた誤射事件で命を失った撮影監督ハリナ・ハッチンスの友人で、同僚。彼は、あの悲劇的な出来事を目の前で目撃したという。

「ハリナの命が奪われ、ジョエル・ソウザ監督が負傷した時、僕は彼女と肩を並べる距離に立っていた。彼女が息を引き取ろうとしている間、僕は彼女をこの腕に抱いていたのだ。僕の手は彼女の血にまみれていた」と、彼はその瞬間を振り返る。事件後、国内外のメディアや団体、大学などから「何が起こったのか」と問い合わせが殺到したことから、この投稿をしようと思い立った。

「なぜこれが起こったのか、自分の意見を言いたい。僕にはその権利がある」という彼は、これはすべて「怠慢と、アマチュア仕事」の結果だと言い切る。

「現場で武器をチェックするべき人が、それをしなかった。弾が詰められた武器が現場にあると伝えるべき人が、それをしなかった。現場に持ち込む前に武器をチェックするべき人が、それをしなかった。その結果、ひとりの人間が死んだのだ」。そこから彼は、この現場の武器係を務めた24歳のハンナ・リードについて、名指しをしないまま、批判を始める。

「プロとは、現場で何年もの経験を積んだ人のこと。自分の仕事について完璧に知っている人のこと。現場での安全のために反射的に行動できる人のこと。三脚が動かないようにしろとか、ステージに梯子をかけろとか、爆発が起こる場所を(安全のために)隔離しろなどと指示しなくてもいい人たちのこと」という彼は、映画の仕事は魅力的だが、同時にとても危険でもあるのだと指摘。プロデューサーに向かって、「ちょっとしたお金をケチるために、あなたたちは時に、複雑で危ない仕事を資格のない人にやらせる。そうやって、あなたたちにとっても身近である人々の命を危険に晒すのだ。あなたたちが常に予算と闘っているのは知っている。だが、こんなことが起きるのを許してはならない。どの部署においても、仕事を知り尽くしているプロを最低ひとりは置かなければならない」「プロは高いかもしれないが、その価値はある」と主張した。最後にも彼は「あなたたちは、それらの人たちを儲けさせてあげているのではない。それらの人たちがいるから、あなたたちが儲かるのだ。忘れるな!」と叩きつけている。

 西海岸時間25日午後3時半の段階で、この投稿には4,000以上の「いいね」が付き、3,500回以上シェアされていた。700以上あるコメントには、「御愁傷様です」などお悔やみを述べるものが多いが、中にはボールドウィンの責任に言及するものもある。しかし、この投稿で、男性は、ボールドウィンについて「プロではない人たちのせいで、自分は誰かの命を奪ったのだと思いつつ残りの人生を生きていかなければならない」と、責めることはせず、むしろ思いやりを見せている。

事件の影響で今週公開予定の映画も延期に

 その当事者ボールドウィンのキャリアには、早くもこの事件の影響が出ている。今週末、ロサンゼルスやニューヨークなど限定都市で公開される予定だった映画「Flint: Who Can You Trust?」の公開が延期されることになったのだ。政治への関心が深く、民主党支持者であるボールドウィンは、ミシガン州フリントで起きた水汚染公害問題を扱うこのドキュメンタリー映画でナレーターを務める。この映画の監督アンソニー・バクスターとプロダクション会社は、「この悲劇の影響を受けた方々のお気持ちを考え、今は『Flint: Who Can You Trust?』を公開するのに適切ではないと判断しました」と声明を発表した。新たな公開日は発表されていない。

 一方で、「Rust」の撮影は、事件があった先週木曜日午後以降、中止になっている。だが、日曜夜、プロデューサーがクルーに送ったメールには「少なくとも、警察の捜査が終わるまで」「先は見えないが、終わりではなく、一時停止」とあり、完成を諦めたわけではないようだ。

 この映画の撮影期間は21日の予定で、事件が起こった日は12日目。つまり、半分を過ぎるところまで来ていたということ。しかし、そう簡単に撮影を再開できるとはとても思えない。続けるとなれば、今度こそしっかりプロを揃え、確実に安全な現場を作らないかぎり、クルーは集まってこないだろう。それにはお金がかかる。そもそも、お金がないからこのようなことになったのだ。第一、ショックと悲しみに打ちひしがれている主演のボールドウィンを連れ戻すことができるのだろうか。また、この事件は、今後、民事裁判、もしかすると刑事裁判にも展開する可能性がある。そうなった場合、いつまで長引くのかは、まるでわからない。残りは、たった9日。だが、その9日は、果てしなく遠いところにある。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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