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9/11から20年。あの時のハリウッドを振り返る

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「America: A Tribute to Heroes」に参加したセレブたち(写真:Shutterstock/アフロ)

 米同時多発テロが起きて、この土曜日で丸20年になる。2001年9月11日に起きたあの出来事は世界中に衝撃を与えたが、とりわけアメリカにいた人間にとって、あの日とその後の数日のことは、一生忘れられるものではない。

 筆者は、そのニュースを、L.A.のラーチモント通りを歩いていて知った。早朝のヨガクラスのために午前6時20分ごろ道を歩いていたら、角にあるベーグル屋の店員が、中から「今、何が起こったか知っている?ニューヨークで世界貿易センタービルに飛行機が突っ込んだんだよ!たぶんテロリストだ!」と言ってきたのである。そう言われてもまるでピンと来なかったが、クラスのはじめに先生がそのことについて触れ、黙祷を捧げて、本当なのだと悟った。帰宅してテレビをつけると、そこでは帰りの車のラジオで聞いていた状況が展開している。何度も、何度も、繰り返しその映像を見せられるうちに、世界の終焉を見せつけられているかのような絶望感と恐怖が募っていったものだ。

 世界貿易センターに2機の飛行機が、さらに1機がペンタゴンに激突し、ペンシルバニア州では別の1機が墜落。ただちにアメリカの上空を飛ぶことが禁止され、西海岸時間の午前9時過ぎには最後の飛行機が着陸して、空の旅は完全に止まった。自分が幸運だったことに気づいたのは、その時だ。筆者はその前日にトロントから戻ってきたところだったのである。やるべき取材を終えたので10日の便で戻ってきたのだが、トロント映画祭はまだ開催中で、現地には知り合いの記者や関係者が大勢残っていた。彼らからは後にさまざまなエピソードを聞かされている。アメリカに入れないのでせめてカナダ内でL.A.の近くに移動しようとバンクーバーに飛んだ知り合いは、結局そこで1週間も足止めされたそうだ。別の人からは、飛行機が飛んでいないためレンタカーを借りようとしたが、みんな考えることは同じですでに貸し出し済みだったという話を聞いた。すぐお隣のカナダは、この時、とても遠いところになったのである。

「次はハリウッドが狙われる」との噂が

 この異常な事態を受けて、多くの会社はスタッフに帰宅を促し、事件の日の午後には多くの店や映画館、テーマパークなども閉まった。もっとも、誰も映画を見に行ったり、ショッピングをしたりするような気分にはとてもなれなかったのだから、開けている理由もない。

 そんな中で、L.A.では、「次はハリウッドのスタジオが狙われる」「いや、ディズニーランドかもしれない」という噂がまことしやかに流れた。根拠があるにしろ、ないにしろ、世界貿易センターやペンタゴンという東海岸の象徴的な建物の次に、いかにもアメリカ的であるハリウッドやディズニーランドがターゲットになるというのは、十分可能性があることのように思え、L.A.の人々は恐怖に慄いた。

 それで、その後しばらくハリウッドのスタジオ内の試写室でのマスコミ試写上映はなくなり、外のスクリーニングルームか映画館が使用されるようになる。筆者が9/11事件以後、初めてスタジオに足を踏み入れたのは「メン・イン・ブラック2」の現場取材だったのだが、ゲートではずいぶん念入りに車のトランク、シート、車の下まで調べられたものだ。そういったゲートでのチェックは、その後もかなり長いことスタジオを訪れる時の常識になった(ただし、今はもうゲートで身分証明書を確認されるだけに戻っている)。

 一方、スタジオ内の会議室では、公開を控える作品をどうするかについての話し合いが繰り広げられていた。映画どころではないという雰囲気の中でまだ予定通り公開するのか、あるいは延期するのかだ。

 その結果、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の「コラテラル・ダメージ」、アンソニー・ホプキンス主演の「9デイズ」、グウィネス・パルトロウ主演の「ハッピー・フライト」、ティム・アレン主演の「Big Trouble(日本未公開)」などが延期になった。テーマそのものにテロが絡む「コラテラル・ダメージ」の場合は、予告編から爆撃のシーンがカットされ、本編からはソフィア・ベルガラ演じる女性が飛行機をハイジャックするシーンがカットされることに。公開は4ヶ月延期された。「ハッピー・フライト」はロマンチックコメディだが、フライトアテンダントの話ということで、2001年クリスマス公開から2003年3月まで延期になっている。「Big Trouble」もコメディながら、爆撃物を飛行機に持ち込むシーンがあることから半年延期になった。

 これらの作品の興行成績は、どれもがっかりの数字に終わっている。逆に、暗い内容なのに今出して大丈夫なのかとの声もあったデンゼル・ワシントン主演の「トレーニング デイ」は、9月21日の予定からわずか2週間の延期で公開されたが、結果は大ヒット。ワシントンは今作でオスカー主演男優賞まで受賞することになった。ベン・スティラーが監督と主演を兼任する「ズーランダー」も当初の予定通り9月28日に公開し、そこそこのヒットとなっている。おバカなコメディだし、人はこういう時こそ笑えるものを見たいと思ったのかもしれない。だが、やはり暗い要素とは無縁のマライア・キャリー主演作「Glitter(日本未公開)」は大コケした。気晴らししたいからといっても、なんでもいいというわけではないということだ。

クルーニーの呼びかけで実現したチャリティ番組

 この頃のことでもうひとつ記憶に残るのは、セレブが集結して行った募金集め目的の特別番組「America: A Tribute to Heroes」である。

 テロ事件からわずか10日後に、すべてのネットワークと主要なケーブルチャンネルにてコマーシャル抜きで放映されたこの番組には、ブルース・スプリングスティーン、ビリー・ジョエル、U2、スティング、ウィリー・ネルソン、セリーヌ・ディオン、ニール・ヤング、アリシア・キーズ、シェリル・クロウ、スティービー・ワンダーなど超大物ミュージシャンが出演。当時、精神的にも肉体的にも疲労して人目を遠ざかっていたマライア・キャリーも登場し(先に挙げた主演映画『Glitter』も、疲労に大きく関係したようだ)、普段よりやや控えめな声で「Hero」を歌ったのは、とりわけ感動的だった。

 音楽の合間には、トム・ハンクス、トム・クルーズ、ウィル・スミス、ロバート・デ・ニーロ、クリント・イーストウッド、ジム・キャリー、キャメロン・ディアス、ジュリア・ロバーツ、サラ・ジェシカ・パーカー、モハメド・アリ、シルベスタ・スタローン、マーク・ウォルバーグ、ブラッド・ピット、ジョージ・クルーニーなどが登場。メグ・ライアンやウーピー・ゴールドバーグ、サリー・フィールドなど、募金を申し出る視聴者からの電話に応対するセレブもいた。視聴者数は、全米でおよそ6,000万人。集まった2億ドル以上の寄付金は、ニューヨークの消防隊員や警官をはじめとする9/11の被害者とその家族に送られている。

 プロジェクトを立ち上げたのは、クルーニー。こんな短期間でこれだけのセレブを集め、テレビ局からも協力を取り付けてみせた人脈の広さと実行力には本当に感心させられたものだ。番組についての事前告知はたっぷりあったが、テロの標的にならないように、どこで撮影されるのかの情報は極秘に守られていた。この特別なイベント番組のために全力を尽くしながらも、次の恐怖はすぐそこかもしれないという緊張を、関係者は感じていたのである。

 そんな日々からもう20年が経ったとは、なんとも信じがたい。その間に、世界貿易センターはすっかり新しく建て直され、あのエリアには活気が戻った。ハリウッドでのマスコミ試写も、今では以前のようにスタジオ内の試写室でも行われている。あの事件の後には誰も飛行機に乗りたがらなかったが、パンデミックが直撃するまで、人々は空の旅を大いにエンジョイしていた。あの日生まれていなかった若者は、今、選挙で投票できる年齢になっている。

 それでも、9/11で世の中が大きく変わったのは、否定しようのない事実だ。それは、今もふとした時に感じさせられる。何より、あの事件で愛する人を失った方々の悲しみがなくなることは、決してないのだ。この記念すべき日、あらためて亡くなった方々へ追悼を捧げたい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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