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カリフォルニア出身のトム・ハンクスがクリーブランド・インディアンスのファンである訳

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 MLBチーム、クリーブランド・インディアンスの名称変更が話題を集めている。新しい名称がガーディアンズになるということももちろんながら、その告知のされ方が意外だったのだ。ツイッターに投稿された告知動画でナレーションを務めているのは、なんとトム・ハンクスだったのである。

 ハンクスは北カリフォルニアのコンコード生まれで、L.A.在住。卒業はしなかったが、カリフォルニア州立大学サクラメント校で学んでもいる。そんな彼が、なぜドジャースやジャイアンツではなく、インディアンスのファンになったのか。それは、俳優として駆け出しだった彼に、貴重な思い出を与えてくれた場所だからだ。

 大学で演劇を学んでいた1977年の夏、ハンクスは、クリーブランドのグレートレイクス・シェイクスピア・フェスティバルに参加した。最初は無給のインターンとして始めたが、やがて初めてのプロの俳優としての仕事をもらい、舞台俳優組合の会員証を手にしただけでなく、クリーブランド批評家チョイス賞の主演男優賞も受賞している。ハンクスの俳優としてのキャリアは、ここから始まったのだ。

 3回の夏をこのフェスティバルで過ごす中で、ハンクスは、ジョージ・マグワイアとマイケル・ジョン・マッギャンという生涯の友も得た。フェスティバルが終わり、これからどこに行こうかと迷っていたハンクスに、ふたりはニューヨークで実力を試すべきだと勧め、3人は車に乗って東に向かう。ハンクスがようやく自分のアパートを見つけると、収入の安定しないハンクスのためにマッギャンは共同名義者となってくれ、マグワイアは冬用の服を持たない彼にジャケットを譲ってくれた。その時の感謝の気持ちを一生忘れないハンクスは、2019年、AARPのウェブサイトに寄稿したエッセイにも、「彼らは僕の友人。彼らなしで今の僕はいない」と書いている。

 俳優としての大事な心得も、このフェスティバルを通じて学んだ。夜遅くまで仲間たちと遊んで翌日リハーサルに現れた時、演出家は、「お前たちは俳優だろう?自分の仕事がわかっているのか?セリフを全部覚え、いろんなアイデアを持った上で時間通りに来ることだぞ!そうでないと俺は仕事にならないんだ!」と怒鳴られたと、ハンクスは2020年のゴールデン・グローブ授賞式のスピーチで振り返っている。その言葉に納得したハンクスは、以後ずっとその教えに従ってきた。彼のプロダクション会社プレイトーンでも、時間厳守を徹底して呼びかけている。

トーク番組でもクリーブランドへの愛を語る

 そんなふうに充実した日々を過ごす中で、彼は地元のチーム、クリーブランド・インディアンスのファンになったのだ。インディアンスとシカゴ・カブスがワールドシリーズで対決した2016年秋、深夜のトーク番組にゲスト出演したハンクスは、「グレートレイクス・シェイクスピア・フェスティバルに参加していた3度の夏、僕はいつも定員19,000人のあの球場で試合を見ていたんだ。だから僕は断然クリーブランドがワールドシリーズで優勝するように応援しているんだよ」と語った(結果はカブスの優勝だった)。

 そんなふうに熱烈な愛を公言してきてくれたからこそ、インディアンスは今回のプロジェクトの件でハンクスにアプローチしたのだ。インディアンスの営業面全般の責任者であるブライアン・バレンは、cleveland.comに対し、「トム・ハンクスがクリーブランドを大切に思っていることを知っている人は多いはず。クリーブランドが自分にとって大きな意味を持つということを、彼はとても正直な形で表現してきてくれました。このプロジェクトにかかわってくださったということは、それをはっきり証明します。同時にそれは、クリーブランド自体を象徴するものでもあります。クリーブランドの人たちは強い忠誠心の持ち主。クリーブランド出身ということを誇りに感じているのです。彼も同様です」と、ハンクスのクリーブランドへの忠誠心に対する感謝を述べている。

 一方、ハンクスは、本業のほうもあいかわらず順調だ。次に控える作品は、バズ・ラーマン監督による、タイトル未定のエルビス・プレスリー伝記映画。ハンクスの役はプレスリーのマネージャー。この映画は昨年3月撮影開始予定で、ハンクスは妻リタ・ウィルソンと一緒にオーストラリア入りしたものの、まもなくコロナ感染が判明し、夫妻は帰国することになっている。その直後に世界中でコロナパニックが本格化して、撮影はしばらく延期になり、秋になってようやく再開した。北米公開予定は来年6月。さらに、ディズニーの実写版「ピノキオ」にも、ピノキオの生みの親の人形職人ゼペット役で出演する。監督は彼が何度も組んでいるロバート・ゼメキス。共演はシンシア・エリヴォ、ジョセフ・ゴードン=レヴィットらだ。

 どちらの映画も、話題作。ハリウッドきっての実力派である上、いつも良い作品に出ることでも定評があるハンクスのこと、これらもきっと期待を裏切らない作品になるのではないか。ハンクスがクリーブランドの忠実なファンであるように、ハンクスにもまた忠実なファンが多数いる。これらの作品が公開される時、クリーブランドの劇場はきっと、新しいガーディアンズの野球帽をかぶったファンで埋まるはずだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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