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ハリー王子のダイアナ妃への思い:「母は今の僕を誇りに思ってくれるはず」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
心の健康についてのドキュメンタリーを製作したハリー王子(写真:REX/アフロ)

「母は僕のことをすごく誇りに思ってくれるだろう。母自身が生きたかったような人生を僕は生きているんだから。母が、僕らに望んだような人生を」。

 英国王室を離脱し、妻メーガンとカリフォルニアに移住したハリー王子が、「あなたに見えない、私のこと」の中で、母ダイアナ妃への思いをそう語った。今月21日、Apple TV+で配信が始まったその作品は、ハリー王子とオプラ・ウィンフリーが製作する心の健康についてのドキュメンタリー。レディ・ガガ、グレン・クローズ、故ロビン・ウィリアムズの息子、アスリートや一般人などが出演し、自分または身近な人が心の病に苦しんだ経験を語る5話構成のシリーズで、ハリー王子は初回の冒頭から登場。その後もすべての回で姿を見せる。

 自分でも気づかないまま長い間内面の苦しみを抱えてきたというハリー王子は、4年前から心理カウンセリングを受けるようになった。当時はまだ恋人だったメーガンに勧められたからだ。「僕たちの関係がうまくいくためにはそれしかなかった。僕は過去に向き合う必要があったんだ。彼女は僕の中に怒りがあるのを見たが、それは自分に向けられているのではないと、ちゃんと見通したんだよ」と、彼は妻に感謝を送る。

歴史が繰り返されようとしていた

 向き合うべき過去とは、母に起こった悲劇だ。幼い頃のことでいつも思い出すのは、兄と一緒に母の運転する車の後部席に乗っていて、パパラッチに追いかけられた時のこと。幼かったハリー王子は、「自分は男なのに、まだ小さすぎて、この女性、自分の母親を助けてあげられない」と、やるせなさを感じていたという。その愛する母が突然死んだ後は、あまりに悲しくて、生きていたくないとまで思った。だが、まだ12歳だったにもかかわらず、彼は、周囲に期待されるとおり、葬式でもできるだけ感情を表に出さないようにした。多くの人が涙を流すのを見ながら、「彼女は僕のママなんだよ!あなたたちは彼女に会ったこともないじゃないか!」と心の中で怒りを覚えたとも語る。

 その後は、母のことを考えないようにした。考えると、母を連れ戻すことはできないという事実を思い出すからだ。人に「調子はいかがですか?」と聞かれると、いつも「大丈夫です」と答えた。「元気です」でも「悲しいです」でもなく、無難な答だ。しかし、心の中では苦しみが募り、公務のためにスーツを着て外に出ると、パニック発作が起こるようになった。28歳から32歳にかけての間は最悪で、感情を麻痺させるためにドラッグも使ったし、酒も飲んだという。飲むのは週末だけだったが、その1日で1週間分に値するほどの量を飲んだと彼は告白する。

 また、どこかに出かけ、ロンドンに戻ってくる機内では、いつも緊張や不安を感じることにも気づくようになった。王室のあるロンドンは、彼をパニックさせる引き金だったのだ。だが、そこから出て行くことは不可能なのだと、彼は絶望を感じていた。

 そこへ、メーガンに出会ったのである。しかし、ハリー王子によると、王室に来てからメーガンは苦しみ、自殺願望までもつまでになった。「彼女の頭の中ははっきりしていたんだよ。酒やドラッグでもうろうとしていたのではない。だから余計に恐ろしいのさ。夜中に彼女の頭にはそんな考え(自殺願望)が浮かび、そのたびに目を覚ましたんだ」。

 それでもふたりは頑張るつもりだったのだと、ハリー王子は主張する。「僕らは4年間、うまくいくように努力してきた。(王室に)とどまり、職務を果たせるように。でもメーガンは苦しんでいたんだ」というハリー王子は、「家族が助けてくれると思っていたけれども、無視された」と、王室を批判。だから彼は、メーガンと一緒にロンドンを離れると決めたのだ。

 そこには、母についての思い出も関係している。「歴史が繰り返されようとしていた。母は、白人ではない男性と交際し、死に追いやられた。そして今、何が起こったかを見てみてほしい」「母にあんなことがあったのに、また自分にとって大事な女性を失うわけにはいかない。お腹には僕らの子供もいるのに」と、ハリー王子は述べている。

メーガンとアーチーを母に会わせたかった

 そうやって新たな人生を選択したことには、満足しているようだ。

「後悔はまったくないよ。4年前に来るべきだったところにいるんだから」「僕は今、自分らしくあれるようになった。この4年で、それまでの32年よりずっと自分を理解できるようになった」と、ハリー王子。「僕らにはかわいい男の子がいて、毎日走り回っては僕らを笑わせてくれる。犬も2匹いる。もうすぐ女の子が生まれる。そんなことは夢にも思い描いていなかった」という言葉に合わせ、映像は、メーガンが息子アーチー君を膝に抱いている幸せそうな情景を見せる。

 ただ残念に感じるのは、母ダイアナ妃にメーガンやアーチー君を会わせてあげられなかったこと。

「アーチーが初めて言った言葉に、パパ、ママ、グランマ・ダイアナがあった。すごくかわいいと思ったけれど、同時に悲しくもなった。母はここにいるべきだったんだから」。

 それを除けば、人生は順調だ。

「今、僕は子供の頃に受けた傷を癒す過程にある。今の自分は、前と同じ自分。でも、より良いバージョンだ。僕は、自分がいるべきところにいるのだと感じているよ」。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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