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「鬼滅の刃」全米2位デビュー、外国語映画の新記録。批評家はなんと言っているか?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
この映画館では3スクリーンで、吹き替え版、字幕版、両方を上映(筆写撮影)

「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が、今週末、アメリカでもついに公開された。アニメーション映画では珍しいR指定(17歳未満は大人の同伴が必要)を受けたことで不利になったかと危惧されたものの、結果は予測を大きく上回る大ヒット。公開前には週末3日間で800万ドルから1,000万ドル前後の売り上げが予想されていたが、蓋を開けてみたら、その倍の1,950万ドルだったのである。これは、外国語の映画として史上最高のオープニング成績だ。

 アメリカ最大の映画市場であるL.A.では、コロナのため、昨年3月からほぼ丸1年、映画館が完全に閉まっていた。現在も、定員の50%までという制限がある上、1年も閉めていた影響で、永遠に扉を閉ざしてしまった劇場もある。そんな中でこの数字を上げたのはなおさらすごいことだといえるが、一方では、ハリウッドの新作がなく、作品が少なかったのが有利に働いたとの見方もある。

 ランキングでは、ワーナー・ブラザース配給の「モータルコンバット」(2,250万ドル)に次いで、2位。しかし、「モータル〜」の上映館数は3,073館で、「鬼滅〜」はそのほぼ半分の1,605館だ。また、広告宣伝費も「モータル〜」のほうが圧倒的に大きかった。「モータル〜」はテレビスポットだけでも600万ドルを費やしたと言われているが、『鬼滅〜』は10万ドル以下だったのである。とは言え、「モータル〜」も相当に健闘した。今作の公開前の予測は1,000万ドルから1,200万ドルだったが、結果はその倍。アメリカで今作はHBO Maxにて同時配信されたのに、これだけの数字を上げたのだ。「モータル〜」も、「鬼滅〜」同様、R指定を受けている。

批評家はなんと言っているか

 CinemaScore社によると、観客による「モータル〜」の評価はB+。同社は「鬼滅〜」に関して調査をしていないようだが、Rottentomatoes.comによると、批評家の100%、観客の99%が、「鬼滅〜」を高く評価している。だが、「鬼滅〜」の場合、Rottentomatoes.comが集めた批評家の批評の絶対数は15本と、普通より格段に少ない。「New York Times」や「USA Today」をはじめとする主要なメディアの多くも入っておらず、つまり、今作を見た批評家はかなり限られていた上、テレビ版を見ていて、この世界がもともと好きだった人たちが中心だったと思われる。

 事実、これらの批評家は、ほぼ全員が、テレビ版を見ていなくてもわかるかどうかについて触れている。「Variety」のピーター・デブリュージは、「あなたはもう『鬼滅〜』の列車に乗っているのか、乗っていないのか。日本で『千と千尋の神隠し』を追い抜き、史上最高のヒットアニメとなった『鬼滅〜』は、新しい乗客を拾うためのものではない。世界で4億1,500万ドルを稼ぎ、大センセーションを巻き起こしたことに興味をもって観に来た人が、アクション満載の今作を楽しめないということにはならないのだが、これはファンへのサービスとして作られた続編。26話にわたって語られた複雑な伝承にもとづいて語られるストーリーは、新しく入ってくる人にとっては難しいかもしれない」と書いた。

 しかし、「San Francisco Chronicle」のアレン・ジョンソンは、「漫画も読んでいないしテレビ版も見ていないが、問題はなかった。ストーリーはシンプル。20世紀の日本と見られる場所で、夜を駆け抜ける列車に鬼殺隊員が乗り込み、乗客を恐ろしい鬼から守ろうとするのだ」と書いている。ジョンソンはまた、「テンポが良く、カラフルで楽しい。今週、ベイエリアの映画ファンも、この速い列車に乗ることができる」とも書き、最高点にあたる4つ星を与えた。

「Los Angeles Times」のマイケル・オルドーニャも、「Variety」のデブリュージに同感で、「この映画は、ファンにはマスト。乗り遅れてきた人も楽しめるものの、時々わかりづらいかもしれない」と述べる。映画そのものについては、「列車の中と夢の中で展開するアドベンチャーは心を惹きつける。主人公たちは、文字通りの鬼と闘いつつ、自分の中にいる鬼とも闘うのだ」「出てくるのは心に残るキャラクター。アニメーターたちは、時に極端なこともやりながら、実に豊かな表現をさせている」「ビジュアルは個性的かつ流れるようなしなやかさをもち、ディテールまで美しい。レイアウトアーティストたちも、非常にリッチな感触のある環境を作り上げた。アクションは楽しく、ひとりひとりのキャラクターに合わせて考えられている。これだけ人気があるということからも想像できる通り、イマジネーションはとにかくすばらしい」と絶賛した。

「Observer」のラファエル・モタメイヤーは、「今作の優れたところは、伝統的な少年の冒険物にホラーを組み合わせているところだ。R指定を受けただけあり、残酷さと怖さがあり、正直言って、アニメがこんな暗いところまで行くのかと驚いた」と、今作のダークさに言及。しかし、バランスが取れている上、それがあるからこそ、感情的なシーンがより心に響くものになっているのだと書く彼は、「キャラクターはやや浅いかもしれないが、映画の最後に滝のように涙を流させるには十分」「テレビ版同様、闘いのシーンも、ただ興奮させるだけでなく、感情が含まれている。剣を振り、交わし、痛みに声を上げるたびに、キャラクターのジャーニーがより感情的になるのだ」と、今作が感動を与えるものであることを伝えている。

今後数字はどこまで伸びるのか

 この物語をあえて劇場用映画で語ったことについても、批評家は考察する。「Observer」のモタメイヤーは、「これは劇場用映画であるべきだったのか?短い中でストーリーの山があること、ビジュアルが豊かなこと、物語が大人っぽいことを考えれば、答はイエスだ。今作は前評判に値するものか?それは聞くまでもない。非常に高い期待が寄せられる中で公開された今作は、(テレビ版)第1シーズンがやり残した部分を引き継ぎ、主要なキャラクターの心の旅を先に進め、新たなキャラクターを登場させて、第2シーズンをより心待ちにさせる。純粋に観客受けするブロックバスターだ」と書く。「Deadline」のアナ・スミスは、「ビッグスクリーンで見るべき典型的な作品とは言えないが、お気に入りのキャラクターを普段と違う環境で見られるのは魅力かもしれない」と述べ、長いロックダウンを強いられた後のアメリカではとくに「このカルト作品を同じ趣味をもつ人たちと一緒に観られるのも楽しいだろう」とも書いた。

 今後の成績がどうなるかは、これらの評価やボックスオフィスの数字を見た人たちがどれだけ興味をもつか次第だ。アメリカの映画館でハリウッドのメジャースタジオ大作が公開されるのはまだ数週間先だし、今週末すばらしい数字を出した「鬼滅〜」は、来週末も同じだけのスクリーン数をキープできるはずである。また、ワクチンを接種した人が着実に増え(現地時間25日現在、L.A.郡では16歳以上の人の48%が最低1回を接種済み)、コロナが目に見えて抑えられてきた中、映画館が定員の100%を入れるようになれる日も、すぐそこだ。アメリカ市場は、この爆発的ヒット作にどれだけ新たな数字を加えることになるのか。これからの数週間が注目される。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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