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「クリスマスプレゼントにフルーツケーキ」がアメリカで笑われるワケ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:PantherMedia/イメージマート)

 クリスマスまで、あと3日。今年はコロナでパーティも家族での集まりもするなと厳しく警告がなされているが、直接手渡しではないにしろ、プレゼントのやり取りは行われている。わが子や恋人にしかクリスマスプレゼントを渡さない日本と違い、こちらでは、郵便配達員やメイドさん、仕事仲間やご近所さんなど、多くの人に、日頃の感謝を込めて、小さな物を渡すのが普通。だが、そんな中で、贈り物アイテムとしてずっと避けられてきた物がある。ドライフルーツやナッツ、ウイスキーやブランデーなどを使って焼き上げたフルーツケーキだ。

 クリスマスプレゼントにフルーツケーキ、というのがジョークのネタなのだと知ったのは、筆者がアメリカで最初にクリスマスを迎えた28年前のことである。日本でも定番となっているこのお菓子のどこが悪いのか不思議に思って聞いてみると、フルーツケーキはもらってそう嬉しい物でない上、長持ちするので、もらったら翌年のプレゼントとして別の人に渡したりする、だから、もらった物がどれくらい古いかわからないのだと説明された。いわばババの押しつけ合いというわけである。

 しかし、フルーツケーキに対するそんな侮辱は、ずっと昔からあったのではないらしい。そして、その“犯人”はというと、エンタメ界の伝説、ジョニー・カーソンだったのだ。

 カーソンは、圧倒的な視聴率を誇る深夜のトーク番組「The Tonight Show」のホストを、1962年から1992年まで30年も務めた大人気コメディアン。そのフルーツケーキのジョークが放映されたのは、1989年12月末のこと。スタジオにいる別の人に、カーソンはまず「あなたは今年のクリスマス、フルーツケーキをもらいましたか?」と聞く。その人が「ああ、もらいましたよ」と答えると、次に「食べましたか?」と聞いた。すると、その人は「ノー。あれは取っておく物なんですよ」と言い、カーソンが「そう、誰も食べないんです。そして次のクリスマスに誰か別の人にあげるんですよね」と言う。

 そうやって何年も経つうちに、ケーキはどんどん硬く、重くなり、岩のようになって、いざ切ろうと思っても切ることができなくなる。それで、カーソンは、ずっと前からオフィスの棚にあったフルーツケーキをどうすれば潰せるかと、空手マスターにチョップしてもらおうとしたり、斧で叩いたり、電車がやってくる直前に線路の上に置いたり、ビルの中に置いて爆弾を仕掛けたりなど、あらゆる方法を試してもらうのだ。だが、どうやってもそのフルーツケーキは滅びなかったというのがオチである。

小さめのフルーツケーキを手にしたジョニー・カーソン(YouTube)
小さめのフルーツケーキを手にしたジョニー・カーソン(YouTube)

 カーソンの影響力は絶大で、L.A.やニューヨークのコメディクラブで頑張る駆け出しのコメディアンすべてにとって、カーソンの「The Tonight Show」に呼んでもらうことは最高の夢だった。そこから別のテレビに呼ばれ、自分の番組をもつようになったり、映画に出るようになったりした人は多数いる。たとえば、ジム・キャリー、ジェリー・サインフェルド、エレン・デジェネレスがそうだ。

 残念なことに、フルーツケーキにとっては、それがネガティブに作用してしまった。たった1回の、あの短いジョークのせいで、フルーツケーキはクリスマスが来るたびに笑い者にされ、風評被害に苦しんできたのである。しかし、その間、世代は変わってきたし、若者の中には、とっくに引退しているカーソンの名前を聞いてもピンとこない人も多い。食文化は常に変化し、グルメ界の新たな才能が新たなことに挑戦しているので、いつかまたフルーツケーキがクールな存在になり、ブームになったとしても、おかしくないだろう。そんなリバイバルが起きれば、これまた次世代のコメディアンが、“フルーツケーキの逆襲”をネタにして笑わせてくれるのではないか。

 ではみなさま、Happy Holidays。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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