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ハリウッドで今「中国生まれの女性監督」が熱い

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ノマドランド」を監督したクロエ・ジャオ(写真:Shutterstock/アフロ)

 次のオスカーで監督賞を取るのは中国人女性。少し前なら考えられなかったそんなことが、本当に起こりそうになってきた。

 その女性は、北京に生まれ、ニューヨーク大学で映画作りを学んだクロエ・ジャオ(38)。彼女が監督した「ノマドランド」は、この週末、ヴェネツィア映画祭で、最高賞に当たる金獅子賞を受賞している。現在開催中のトロント映画祭でも上映されており、ここでもまた大絶賛だ。ノンフィクション本にもとづく今作は、家をもたず、仕事のある場所へ移動しながらキャンピングカーで暮らす、“ノマド”と呼ばれる人々を描く静かなドラマ。実際のノマドの人たちをキャストし、アメリカの広大な自然の美しさをとらえる今作は、時にドキュメンタリーのような錯覚を覚えさせる。

 この本の映画化権は、主演女優兼プロデューサーのフランシス・マクドーマンドが獲得している。ジャオに声をかけたのは、彼女のデビュー作「Songs My Brothers Taught Me」(2015)と、2017年の「The Rider」を見ていたからだろう。この2本も、サウス・ダコタやネブラスカなどで、プロの俳優ではない人たちを使って撮影された、リアリズムあふれる作品なのだ。また、マクドーマンドが「スリー・ビルボード」で主演女優賞を受賞したのと同じインディペンデント・スピリット賞授賞式で、ジャオは、女性監督に与えられるボニー賞を獲得している。ここでの交流もあったのかもしれない。

「ノマドランド」を配給するのは、「スリー・ビルボード」と同じサーチライト。彼らは今作のためにもしっかりオスカーキャンペーンを展開してくれそうだ。北米公開時期も、投票者たちにアピールするのに理想的な12月(日本公開は1月)を押さえている。ここでまた注目が集まるのは確実だが、その2ヶ月後、彼女には、さらに超大作「エターナルズ」があるのだ。マーベルのスーパーヒーロー映画をアジア系女性が監督するのは初めてのこと。新型コロナで次のオスカーは4月25日といつもより遅く、これから半年以上、彼女の名前はたっぷり聞かれることになるだろう。

ノンフィクション本にもとづく「ノマドランド」は、夫を亡くし、勤めていた会社も無くなって、キャンピングカーで生活を始める女性を追う(Courtesy of TIFF)
ノンフィクション本にもとづく「ノマドランド」は、夫を亡くし、勤めていた会社も無くなって、キャンピングカーで生活を始める女性を追う(Courtesy of TIFF)

ほかにもいる、最近注目された中国生まれの女性たち

 最近はまた、ほかにも中国生まれの女性監督が活躍をしている。ひとりは、日本公開を来月に控える「フェアウェル」のルル・ワン(37)。自らの体験にもとづく今作に描かれるとおり、彼女も北京に生まれ、幼い時に両親とともにアメリカに引っ越してきた。幼少期からピアノを習い、ボストン大学でも音楽と文学を専攻したが、映画作りのコースも取り、同級生と共同監督した作品で同大学の新人映画賞を受賞する。「フェアウェル」はアメリカでスマッシュヒットし、インディペンデント・スピリット賞を受賞、アメリカン・フィルム・インスティチュートが選ぶ同年の「最も重要な10本」のひとつにも選ばれた。現在の恋人は「ムーンライト」の監督バリー・ジェンキンスだ。

 もうひとりは、今年公開されたワーナー・ブラザースの「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey」でアジア系女性として初めてスーパーヒーロー映画を監督したキャシー・ヤン(37)。今作の監督候補にはベテランの男性の名前がたくさん上がっていたそうで、「Dead Pigs」(2018)で長編監督デビューをしたばかりの彼女が選ばれたのは、斬新だった。4歳で中国からヴァージニア州に移住し、高校は香港で卒業。名門プリンストン大学で学び、ニューヨーク大学でMBAを取得したエリートだ。卒業後は「The Wall Street Journal」の記者として活躍、ニューヨーク大学のプログラムで映画製作を学び、短編映画を作り始めた。サンダンス映画祭で審査員賞を受賞した「Dead Pigs」のエグゼクティブ・プロデューサーには、ジャ・ジャンクーも名を連ねる。次回作は、家族とともに上海から引っ越してきた少女についての物語「Sour Heart」。製作会社には、近年、優れた作品を次々送り出しているA24がすでに決定している。

男性陣も新たな領域に挑戦

 だが、男性陣たちも負けてはいない。たとえば、今月日本で公開されたドキュメンタリー「行き止まりの世界に生まれて」のビン・リュー監督は、5歳で中国からアメリカに引っ越し、イリノイ州ロックフォードで育っている。「行き止まり〜」は、ティーンの時代にそこで撮り続けた映像がベースになった、パーソナルな作品だ。今作はサンダンス映画祭で受賞、オスカーにも長編ドキュメンタリー部門に候補入りするなど、高い評価を受けた。次回作も社会派のドキュメンタリーで、すでに製作が進行している。リューは1989年生まれ。

 また、彼らよりずっとキャリアの先輩で、アメリカで生まれているが、「クレイジー・リッチ!」を爆発的にヒットさせたジョン・M・チュウ(40)は、次に「In the Heights」で新しい領域に挑戦する。4部門でトニー賞を受賞したリン=マヌエル・ミランダのブロードウェイミュージカルを映画化するもので、キャストはほとんどがヒスパニック系。チュウは舞台版のファンだったものの、アジア系の自分に映画版を監督させてもらえるチャンスはないだろうと思っていた。しかし、意外にもプロデューサーから声がかかり、希望があるとわかると、彼はミランダに熱心に自分を売り込んだという。チュウは、父が中国の四川省、母が台湾の生まれ。母校は南カリフォルニア大学。

 こんな流れが出てきたのは、偶然ではない。圧倒的に白人男性が権力を握るハリウッドの実情が批判されてきた近年、業界関係者は、カメラの前でも、後ろでも、女性や有色人種を積極的に起用するよう、プレッシャーをかけられているのだ。つい最近は、映画アカデミーが、多様化の努力基準を満たさない映画はオスカーの作品部門の資格を得られないとする、新たな方針を発表した(白人だけが出る映画は、二度とオスカーを取れなくなるのか?)。そんな中で、これまで黒人よりももっとハリウッドでの存在感が薄かったアジア系にも、門が開き始めたのである。

 これまでなら埋もれていたであろう才能は、これからまだまだ発掘されていくだろう。チュウが言うように、過去にはチャンスをもらえなかった映画の話を振ってもらえることも増えていくに違いない。それは、とても健全なことだ。地球上にはいろいろな人種や文化があり、それぞれにストーリーがある。同じような話であっても、誰が語るかによって大きく変わってくる。今ようやく、いろんな人が、自分たちの声で物語を語れるようになってきた。彼らの台頭は、そんな新時代の幕開けの象徴なのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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