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ウィレム・デフォー「吹き替えで映画を見るのは最悪」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 新型コロナのロックダウンが始まって、3ヶ月。あちこちでビジネスが少しずつ再開してきたが、長距離の移動は、まだほとんどの人が控えている。

 ウィレム・デフォーも、そのひとり。イタリア人の妻をもつ彼は、ロックダウン開始以後、ずっとローマにとどまったままだ。アメリカに住む両親に会えないのは辛いが、ローマはだいぶ良くなってきたと、デフォー。「人々の気持ちがかなりリラックスしてきているのがわかる。映画館も、もうすぐオープンするようだよ」。

 しかし、彼の母国アメリカでは、映画館の再開はまだ先になる様子だ。そもそも、彼がこうやってヴァーチャル会見を行ったのも、彼の最新作「Tommaso」が、現地時間5日、ストリーミングでリリースされたからである。

 昨年のカンヌ映画祭でお披露目された今作は、コロナがなければアートハウス系映画館で公開されるはずだった。だが、それがかなわなくなった時、北米配給権をもつキノ・ローバーは、“ヴァーチャル・シネマ”というアイデアを打ち出している。ウェブサイト上にこの映画をかけてくれる予定だった劇場をリストし、観客は自分が選んだ劇場からストリーミング観賞の“チケット”を買うというのが、その仕組みだ。売り上げは、通常と同じく、劇場と配給会社で分かち合う。これならば、ストリーミング直行によって映画館が割を食うことはない。コロナで厳しい状況に置かれた映画館を手助けするすばらしい試みで、ぜひとも成功してほしいものだ。

ほとんどが即興、セリフの多くはイタリア語

 おもしろい試みといえば、この映画自体もそう。デフォーの友人で、過去にも映画で組み、ローマではご近所さんでもあるアベル・フェラーラが監督する今作は、きっちりした脚本を作らず、ほとんどが即興で、役者ではない一般人を巻き込んで撮影されているのである。ローマに住むアメリカ人映画監督という設定の主人公トマソは、フェラーラ自身の投影でもあり、毎日ヨガを実践するところなど、デフォーも反映されている。トマソの娘を演じるのはフェラーラの実の娘。デフォーは、彼女のゴッドファーザーだ。

トマソ(デフォー)とヨーロッパ人の妻は、最近、うまくいっていない。話が進む中で、関係はますます悪化していく(Simila(r)、Faliro House、Vivo Film、Washington Square Films)
トマソ(デフォー)とヨーロッパ人の妻は、最近、うまくいっていない。話が進む中で、関係はますます悪化していく(Simila(r)、Faliro House、Vivo Film、Washington Square Films)

 撮影は、非常にざっくりした大枠だけを決め、後は流れに任せた。たとえば電車に乗るシーンでも、どの駅で降りるのかも決まっていなかったという。トマソは依存症から立ち直ろうとする人々が集まるミーティングに参加するが、ミーティング自体も、参加者も、本物だ。声がうるさいとトマソが文句を言うホームレス男性も、「僕が一度も会ったことのない、たまたまそこにいた人」だったそうである。

「きっちり構成されている映画のほうがやりやすいのはたしか」と本音を漏らしつつも、「僕は、強烈な体験が好き。毎回、新しいことに挑みたい」と、デフォー。今作では、セリフのほとんどがイタリア語というチャレンジもあった。今もイタリア語は「決して流暢ではない」と謙遜するが、「この映画の前はもっとひどかった」と笑うところを見ると、今作はその意味でもメリットがあったようである。

吹き替えは、役者本人の努力を台無しにする

 ロックダウン生活のもと、彼も多くの人同様、家でたくさんの映画を見た。とりわけヌーヴェルヴァーグやメルヴィル、イタリアのコメディなどを多く見たそうだ。映画館が再オープンしても、彼はおそらく自宅での観賞を続けるという。そもそも、以前から、イタリアでは映画館に行かないのだ。

 その理由は、吹き替え。役者として、常にそのキャラクターや状況に何がふさわしいのかを熟考し、慣れないアクセントも習得したりしてセリフを言っているだけに、他人がただ口パクだけを合わせているのを見るのは、耐えられないのである。「吹き替えで、呼吸やセリフのタイミングが台無しになる。アクセントも、まるで意味がなくなる。吹き替えをやる人はすごく一般的な声の演技しかやらないし、本当に、最悪だ。僕は、外国語映画は絶対に字幕で見たいが、残念ながら、ローマには字幕版をかけてくれる映画館があまりない」。

 だが、人が再び映画館を訪れること自体は、「ガイドラインさえしっかり守られれば、大丈夫なのでは」と考える。撮影の再開に対しても、彼の見方は比較的ポジティブだ。「映画の現場は人がたくさんいるし、親密なシーンもあるから複雑」とは認めながらも、「どんな映画でも、きっとやり方はあるはず」と期待。「僕からは何も賢いアイデアを提供できないけれども、それは、今、多くの人が考えてくれている。みんなが、そのためにがんばっている。きっと、もうすぐ戻れるのではないかな。僕はそう願っているよ」。

 彼を再びビッグスクリーンで見られる日を、ファンも待ち望んでいる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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