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コロナと米エンタメ:「コンテイジョン」を作ったソダーバーグが当時言っていたこと

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
2011年の「コンテイジョン」を監督したスティーブン・ソダーバーグ(写真:REX/アフロ)

 コロナの影響で映画館の売り上げが世界的に激減する中、突然にして注目を集めている映画がある。スティーブン・ソダーバーグ監督の「コンテイジョン」だ。新型の感染病をテーマにした今作で起こることは、最初の症状が咳である、デマを流す人がいる、ウィルスの発生に中国、コウモリ、肉が関わっているなど、今の状況にそっくりなのである。

「New York Times」によると、昨年末の段階で、この映画へのアクセスはワーナー・ブラザース作品中270位だったが、先月には「ハリー・ポッター」シリーズに次ぐ2位に急浮上したとのこと。「ムーンライト」のバリー・ジェンキンス監督も、同紙に対し、「10年近く前の映画を13ドルも払って見ることになるとは思わなかった。でも、好奇心のあまり」と語っている。日本や他国でも同じ現象が起きているようだ。

 この映画がプレミアされたのは、2011年のヴェネツィア映画祭。アメリカ公開はそのすぐ後の9月9日で、L.A.では、公開に先立ち、ソダーバーグと一部キャストの記者会見があった。

 ソダーバーグと今作の脚本家スコット・Z・バーンズは、ひとつ前の映画「インフォーマント!」で組み、意気投合した仲だ。次はドイツの映画監督レニ・リーフェンシュタールの伝記映画を作ろうと話していたのだが、あまりにマニアックすぎると判断し、代わりに思いついたのがこれだったという。なぜこの題材に興味をもったのかを聞かれると、ソダーバーグは、彼にオスカーをもたらした麻薬がテーマの「トラフィック」(2000)を例に出し、このように答えた。

「違法ドラッグは、存在自体が政治的。みんなが強い意見をもっているから、それについての映画の反応も極端に分かれることが、最初から予想される。だが、ウィルスにバリアはない。人はウィルスに対して政治的な意見をもっていない。それに、違法ドラッグを避けることはできても、ウィルスを完全に避けることはできない。だから、潜在的な観客の幅は広いと思った。これが現実に存在するもので、僕らの周囲に来るかもしれないものだということにも、魅了されたよ。もちろん、そういう題材を取り上げる上なら、すごく慎重にやらなければいけないが。責任は大きいからね」。

とくに若い観客が科学的なことを知りたがっていた

 脚本を書くにあたり、バーンズは、疫学者のラリー・ブリリアントやW・イアン・リプキン、ピューリッツァーを受賞した科学ジャーナリストのローリー・ギャレットらに会って、たっぷりと話を聞いた。撮影前の2009年に新型インフルエンザ(H1N1)の大流行が起きたことも、大いに参考になったという。ソダーバーグ自身も、世界保健機関(WHO)、米国疾病予防管理センター(CDC)に足を運び、念入りにリサーチをした。

(amazon.co.jp)
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「ウィルスについて話す時に欠かせない3つの要素がある。ひとつは感染経路。次に潜伏期間。3つめは死亡率だ。この3つのうちどれかが少し変わるだけで、全体像が大きく変わる。脚本を書いている時、自分たちのストーリーはやや極端すぎるかもと思っていたんだが、この3つの要素を学び、そうではないと確信したよ。そのせいで心が暗くなったけれど、CDCやWHOの人たちがいかに優秀で仕事熱心かがわかり、希望ももらえた。CDCには大きなボードがあって、世界のどこかで何かが起こると、必ずそこに入るようになっているんだ。アフリカの小さな村で子供がふたり、原因不明で死んだとか、そういうことも彼らは全部把握している」。

 観客もまた、科学的な情報を求めていた。それがわかったことで、ジェニファー・イーリーの出演シーンが増えている。

「最初に行ったテスト上映には400人ほどの観客を呼んだんだが、その多くが科学的な部分に興味を覚えたと答えたんだ。とりわけ若い人たちにその傾向が顕著だった。それで、ジェニファーの演じる医師がやっていることをもっと具体的に見せたほうがいいと思い、追加撮影をして彼女のシーンをもっと入れたのさ」。

どこも「うちのせいじゃない」と言いたがる

 ウィルスの発生についても、リサーチの結果、「最もありえそうなシナリオ」を考えた。

「いろいろなリサーチを踏まえ、湿気のある場所と豚肉は現実的だと思った。ウィルスを生んだ地区の人たちは、世界から責められたくなくて、認めるのを嫌がるもの。だが、再発を防ぐためには、それがどこから来たのかを突き止めないといけない。政治的な考えが公衆衛生の邪魔をしてはいけない。でも、次に感染病が起こったら、絶対にまた『うちのせいじゃない』と言い争いが起こると思うね」。

 そんなソダーバーグの予測は、まさにそのとおりになってしまった。さらに彼は、この映画に込めたメッセージとして、こんなことも言っている。

「こういった事態に直面した時、僕らが、自分の最も良い部分を出してきて闘えることを願いたい。最も悪い部分ではなくて。ばかな行動を取りそうになったら、10じゃなくて11数え、心を落ち着かせてくれたらいいなと思うよ」。

 これもまた、彼の思ったとおりになるといいのだが。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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