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クリスチャン・ベールとマット・デイモンの共演がようやく実現した事情

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
クリスチャン・ベールとマット・デイモンの共演は「フォードvsフェラーリ」が初(写真:ロイター/アフロ)

 レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットが初共演した2019年には、もうひとつ、夢の組み合わせが実現した。「フォードvsフェラーリ」のクリスチャン・ベールとマット・デイモンだ。

 ふたりとも、デビューは80年代後半。L.A.に引っ越してきたのも91年と同じで、その長いキャリアの中では、スティーブン・スピルバーグ、クリストファー・ノーラン、チャン・イーモウなど、同じ監督と仕事をしてきた。ベールにオスカーをもたらした「ザ・ファイター」の役は、もともとデイモンに声がかかったものである。そんなニアミスはあっても、一緒に映画に出る機会は、なぜかこれまで一度もなかった。

「彼の奥さんと僕は20年以上前からの知り合い。だから、会えば挨拶をしてちょっとおしゃべりをするような関係ではあったよ」と、ビバリーヒルズのホテルで、デイモンは語る。その横で、ベールは、ニコニコしながら、チョコレートムースのようなスイーツを美味しそうに頬張っている。

「君が食べるなら僕ももらおうかな」というデイモンのために、ベールは、同じものを4つもらってきていた(筆者もひとつどうぞと言われたのだが、4つということは、ベールが最初から2個食べるつもりだったのか?実際、2個目に食らいついている)。デイモンも自分の分に手を出したところで、「ようやく共演してみて、どうでしたか」と聞くと、まったく同時に、デイモンは「最高だった」、ベールは「最悪だった」と答えた。その瞬間、ふたりは食べる手を止め、お互いの顔を見て、吹き出している。ベールはおふざけの、デイモンは「やれやれ」といったような笑顔だ。そしてベールは、「いや、最高だったよ」と、冗談コメントを訂正する。

「この映画は最初から最後まで最高だったんだ。脚本はすばらしかったし、ジェームズ・マンゴールド監督は、これにどう切り込むのかを完全にわかっていた。この話を映画にしようとした人は、過去にたくさんいたんだよ。でも、できなかった。お金がかかりすぎるから。でも、ジム(・マンゴールド)は、どうすればできるのかを見つけ出した。それは、このふたりの男の友情に焦点を絞ることだったのさ。そして、この現場では、みんなが情熱をかけてこれに挑んでいた。今作の現場では、みんながケン・マイルズだったんだ」(ベール)。

ベールとデイモンは担当エージェントが同じ

「フォードvsフェラーリ」は、1966年のル・マン耐久レースで、フォードが社運を賭けてフェラーリを打ち負かそうとした背景を描く実話映画。デイモンが演じるのは、ル・マンに出たことのある元レースドライバーで、現役引退後は車の製造会社を経営するキャロル・シェルビーだ。フォードと親しい関係にある彼が「ル・マンで勝てる車を作ってほしい」と頼まれた時、その車を運転する人に指定したのが、腕は抜群だがトラブルメーカーでもあるイギリス人のケン・マイルズ(ベール)だった。ふたりを結ぶのは、レースへの愛と情熱。だが、彼らと同じ側であるはずのフォードは、必ずしも同じ視点でこのレースに挑んでいない。

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 マンゴールドとベールは、「3時10分、決断のとき」で組んで以来の友人。この2本の間にも「もう1本、一緒に映画を作ろうとしたが、実現しなかった」と、マンゴールドは明かす。一緒に仕事をしたことはなかったデイモンについては、「以前からファンだった」そうだ。とくに「トゥルー・グリット」で見せた演技はシェルビーにふさわしいと思い、「ふたりに、ほぼ同時にアプローチした」という。

 彼がその依頼をかけたのは、常識どおりエージェンシー(タレント事務所)経由だった。たまたま、ベールとデイモンは、同じエージェンシーで、担当も同じ人。このエージェントは、そのオファーを受けた時から実現を狙っていたのだろうと、デイモンは想像する。

「電話をしてきた時、エージェントは『すごく特別な話があるよ』と興奮気味に言ったんだよね。それは何かと聞くと、『クリスチャンもこれをやるかもしれないんだ』という。それで僕はジム(・マンゴールド)と話してみようと思ったのさ」(デイモン)。ベールも、「僕はマットがイエスと言ったらしいと聞いたし、マットは僕がイエスと言ったらしいと聞いたようだ。実際、どっちが先にイエスと言ったかはわからないが、そういうのは、この業界で時々あることだよね」という。

 いずれにせよ、イエスと言ってよかったと、今、ふたりは、心底思っているようだ。それは筆者とのインタビューでも明白だったが、その少し前にあったトロント映画祭でも、ベールは、記者会見には出席できなかったデイモンについて、「彼はこの映画でとても細かいニュアンスに満ちたパフォーマンスをしている。本当にすごいよ。それに、彼は最も寛大で、親切で、礼儀正しい人でもある」と述べているのである。本人を前にしないほうがそんな率直な絶賛コメントができるのだというところも、なんとなくかわいらしいではないか。

ひとりが目立つためにはもうひとりが抑え役になる

 ベールが言うとおり、今作で見せるデイモンの抑制した演技は、本当にすばらしい。だが、今のところ、賞レースで注目されているのは、ベールのみだ。逆に、ディカプリオとピットの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」では、ピットのほうが断然有力視されている。

 実力派ふたりが揃った時にどちらか一方がより際立ってしまうのも、この業界の常。長く仕事をしてきただけに、彼らには、それがわかっている。お互い様なのだ。自分がそっちに行くこともあれば、逆もあるのである。

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「ザ・ファイター」でゴールデン・グローブ助演男優賞を受賞した時、ベールは、主演のマーク・ウォルバーグに向けて、「静かで落ち着いた主役がいてくれてこそ、こういう派手な演技ができるんです。僕は、そちら側を何度も演じてきました。その時は誰にも気づいてもらえませんでした。これは、君のおかげです。ありがとう」と感謝の言葉を贈った。ピットも、先日のゴールデン・グローブの受賞スピーチで、ディカプリオ(彼のことを、愛を込めてLDCと呼んでいた)に、「『レヴェナント:蘇えりし者』まで、君はずっと、共演者が受賞するのを見せつけられてきました。それは君があまりにもビッグなスターで、ジェントルマンだからです。君なしで僕がここに来ることはできなかった。ありがとう」と舞台から語りかけている。

 そんなふうに、舞台裏でも友情物語はある。この2作で、それは確実にスクリーンに反映された。それもあってこそ、これらはストレートにハートに響くのだろう。それでも、映画のファンとしては、どちらかが賞を取るのか、あるいはどちらも取らないのかは、気になってしまうかもしれない。結果に不満を覚えることも、十分ありえる。その時は、このふたりがこんな優れた映画を作ってくれたのだということを思い出すべきだ。そして、静かに心の中で観客賞を贈ることにしようではないか。

「フォードvsフェラーリ」は10日(金)より日本全国ロードショー。

場面写真提供:2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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