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エルトン・ジョン役はトム・ハーディのはずだった。「ロケットマン」主演俳優が決まるまで

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
トム・ハーディは、「ロケットマン」に出るにはやや年齢が上だった(写真:Shutterstock/アフロ)

 エルトン・ジョンの半生を描く「ロケットマン」が、ついに日本でも公開される。カンヌ映画祭でプレミアされて以来、主演のタロン・エガートンは大絶賛を受けているが、映画を見れば、日本の観客もきっと納得するはずだ。ジョン本人も大満足で、ジョンの夫で映画のプロデューサーでもあるデビッド・ファーニッシュは、プレミアの後、エガートンに、「君はこれからずっと僕らの家族の一員だよ」とささやいたという。

 しかし、構想から実現までに長い時間がかかった今作の製作初期、エガートンの名を口にした関係者は、誰もいなかった。最初に浮上した名前は、ジャスティン・ティンバーレイクだ。ティンバーレイクは、「This Train Don’t Stop There Anymore」のミュージックビデオでジョンを演じており、ジョンとファーニッシュに良い印象を与えていたのである。しかし、まだ話を持っていくには早すぎる段階で、正式に声をかけることはしないままだった。

 やがて「グレイテスト・ショーマン」のマイケル・グレイシー監督のもと、映画は本格的に起動。その時、主演に決まったのは、「ヴェノム」「マッドマックス 怒りのデス・ロード」のトム・ハーディだ。だが、ハーディは歌があまり得意でなく、練習をした末、リップシンクで行くことになってしまう。さらに、年齢の問題があった。現在41歳のハーディは、当時すでに30代後半で、若き日のジョンに焦点を当てる今作には、やや歳を取りすぎていたのだ。

「ロケットマン」では、大スターとしてブレイクする前の、若き日のエルトン・ジョンに焦点が当てられる(David Appleby/2018 Paramount Pictures)
「ロケットマン」では、大スターとしてブレイクする前の、若き日のエルトン・ジョンに焦点が当てられる(David Appleby/2018 Paramount Pictures)

 そこへ、ジョンがカメオ出演をした「キングスマン:ゴールデン・サークル」の監督マシュー・ヴォーンが、プロデューサーとして参画。ヴォーンは、今作の新たな監督にデクスター・フレッチャーを提案した。そして、「音楽映画にリップシンクはありえない」という主義のヴォーンは、フレッチャーに、ジョン役にエガートンはどうかと尋ねたのである。

 ヴォーンは「キングスマン〜」でエガートンと組んでおり、彼の仕事ぶりも、彼がアニメ映画「SING/シング」で歌ったことも知っていた。フレッチャーもまた、2016年の「Eddie the Eagle(日本未公開)」でエガートンと仕事をしている。映画はスポーツを扱うものながら、歌のシーンもあり、彼の歌唱力も自分の耳で確認していた。さらに、彼には、この役に必要とされる“脆さ”もあったのだと、フレッチャーはいう。「エルトンとタロンはどちらも強い人で、野心家。だが、内側にはそんな部分もある。そのバランスは、今作で僕が非常に重視したこと」と、フレッチャーは筆者とのインタビューで語っている。

デクスター・フレッチャー監督とタロン・エガートン(David Appleby/2018 Paramount Pictures)
デクスター・フレッチャー監督とタロン・エガートン(David Appleby/2018 Paramount Pictures)

 そのオファーを受けた時、エガートンは、次は「キングスマン」とまったく違う作品に出たいと、ちょうど思っていたところだった。それでも、世界的有名人の役を引き受けることには、相当なプレッシャーを感じている。彼がまず尋ねたのは、「ご本人は、僕が演じると聞いたらどう言うでしょう?」ということ。「すると、『彼も君がいいと言っているよ』と言うじゃないか。信じられなかったよ。いや、今もまだ信じられないんだけど」と、エガートンは、L.A.で行われた会見で、感動の表情を見せていた。

 そんなエガートンの成功を喜んでいる人は、ほかにもいる。ハーディだ。ともにイギリス人で、担当弁護士もエージェントも同じふたりは、以前から良く知る仲。カンヌでのプレミアに先立ち、ハーディは「この役には君が最もふさわしい。おめでとう」とのメールを送ってくれたと、エガートンは「L.A.TIMES」に明かしている。

「トムは本当に紳士だよ」とも彼は言うが、それがハリウッドスターの心意気。こういうことは、お互いさまなのだ。すでに実力派として知られているハーディのこと、彼の番は、どうせまたすぐに回ってくる。その時に気が利いたプレゼントや言葉を贈ってお返しできるよう、今ごろエガートンは、いろいろ考えをめぐらせているのではないだろうか。

「ロケットマン」は8月23日(金)、全国ロードショー。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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