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ヘイトクライム“自作自演”俳優が直面する新たな敵

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ジャシー・スモレットの"自作自演”刑事裁判は棄却されたが....(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ドラマの裏のドラマが、予想外の展開を見せた。ヘイトクライムを自作自演した容疑で逮捕されたジャシー・スモレットの裁判が、州検事によって棄却されたのである。警察とシカゴの市長はこの判断に激怒。市は、スモレットに対し、新たに民事裁判を起こすかまえを見せている。

「Empire 成功の代償」にゲイのキャラクターでレギュラー出演し、私生活でもゲイであることをオープンにしているスモレットがふたり組の男性に襲われたのは、1月のこと。当時、スモレットは、犯人は白人で、暴力をふるう時に、「ここはMAGA(注:トランプのスローガン、Make America Great Again)の国だ」と言ったと語っていた。事件前には、「Empire〜」の撮影現場に、スモレットに向けたゲイ差別、人種差別の手紙も届いていたとわかる。

 当然、世間はスモレットに強く同情。「ヘイトクライムは許さない」との世論が盛り上がった。しかし、捜査の結果、犯人は、スモレットの友人で「Empire〜」に出演したこともある黒人兄弟だったことが判明。兄弟も、スモレットにお金をもらってやったことだと認めて捜査に協力した。スモレットは逮捕され、当然、これまで味方だった世論は、スモレットの敵になる。「Empire〜」を放映するフォックスも、これから流れる回からスモレットのキャラクターの登場シーンを削除すると決めた。ここまでの経緯は、筆者も、過去の記事に詳しく書いている(全米を欺いた「36歳黒人俳優」のヒドい自作自演 ジャシー・スモレットの非常識すぎる大ウソ)。

 そんなところへ、州検事が、この意外なる判断をしたのだ。

 検事の言い分は、このまま裁判に入っても、スモレットはおそらく社会奉仕活動を言い渡される程度だが、すでに彼はボランティア活動をしており、先へ進める理由はないというもの。また、彼が払った保釈金1万ドルは返金しないという条件をスモレットは飲んだとも述べている。終始、自分は無罪だと主張し続けてきたスモレットは、早々と勝利の声明を発表。この事件で傷ついた名誉を回復したいなどと、自分が被害者であることを、あらためて強調した。

州検事はスモレット関係者と接触していた?

 しかし、納得がいかない部分は、多数ある。ひとつは、スモレットに言われて彼に嘘の暴行を加えたと認めている兄弟がまったく口をつぐんでしまい、彼らの弁護士も辞めてしまったこと。ふたつめに、棄却を言い渡したジョセフ・マガッツは、州検事キム・フォックスの助手で、そこに至るまでにフォックスの元へスモレットの関係者から「なんとかしてほしい」と連絡を受けていたことがわかったこと。その関係者には、スモレットの家族のほか、かつてミシェル・オバマの下で働いた女性が含まれているという。また、彼が社会奉仕をしたという報道はどこにもない上、無実の場合、保釈金は返金されるものだ。何よりも、もしこれが自作自演でないならば、彼はいったい誰に暴行を受けたのかが、わからない。

 いずれにせよ、シカゴ警察にとって、こんな状況での棄却は侮辱であり、捜査の努力を完全に無駄にされたことを意味する。シカゴ市長も、セレブであるスモレットが特別扱いを受けたと強く非難した。アメリカ時間28日、シカゴの法務局は、スモレットに手紙を送り、「1月29日、あなたは、ふたりの男がゲイ差別、人種差別の言葉を吐きながらあなたに暴行を加えたとの被害届を出しました。しかし、シカゴ市警の20人以上の刑事と警官が真剣に捜査を行った結果、これが虚偽であったことが判明しています。我々はこの捜査に数週間を費やし、その間、多くの残業を強いられました。ビデオ映像、物的証拠、証言取りなどには、多くの経費も費やされています」と告げ、その捜査代、残業代の賠償として、1週間以内に13万ドル(約1,400万円)を支払うよう命じている。手紙の最後では、期限までに支払いがなかった場合、最大この金額の3倍と、裁判費用、弁護士代も要求すると脅した。

民事裁判ですべてが明らかになるか

 この支払い要求に不服であれば、スモレットは民事裁判で闘うしかない。その結果、スモレットが負け、それでも支払いをしなければ、市は彼の銀行口座を凍結し、「Empire〜」のギャラを差し押さえることができる。そうなったら、彼は金銭的に困るばかりか、強烈なイメージダウンで、次の仕事も、おそらくもう来なくなる。

 だが、この手紙が来た後にも、スモレット側は、「謝るのは市のほうだ」との声明を出している。実のところ、彼が強気になれる理由も、いくつかある。たとえば、兄弟はスモレットから3,500ドルをもらったことを認めているが、そのお金の名目はパーソナルトレーニングを行うためで、暴行のフリのためのものではなかったと語っていること。しかも、支払いは小切手だった。犯罪に手を貸すお金ならば、現金が常識だ。動機の問題もある。彼を非難する人は売名行為だと決めつけているし、彼が「Empire〜」のギャラに不満で、ギャラの交渉を有利にしようとしたという説も広まっているものの、本当にそのためにここまでやるのかと、やはり首を傾げてしまう。

 裁判が起これば、それらははっきりする。本当に無実を証明したいなら、スモレットは受けて立つべきだ。そこで勝って、市長からも、市警からも、存分に謝罪を浴びせてもらうのがいい。正義のために屈しなかった男となった彼はヒーローとなり、予定されているアルバムの売り上げにもつながることだろう。

 果たして、この話はそんなハッピーエンドに終わるのか。それとも、人間の悪を見せつける悲劇に落ち着くのだろうか。このミステリーの先は、まだ謎だらけだ。ひとつ言えるのは、この舞台裏のドラマが、最近視聴率が落ち目の「Empire〜」よりもずっとスリリングだということ。事実は小説よりも奇なり、は本当のようである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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