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依存症、同性愛も恐れず描く。エルトン・ジョン伝記映画を主演俳優が語る

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
エルトン・ジョン伝記映画「ロケットマン」(Paramount Pictures)

「ボヘミアン・ラプソディ」より、ずっと赤裸々でダーク。一方ではもっとカラフルでもあり、本格的なミュージカルで、ファンタジーの雰囲気もある。エルトン・ジョンの半生を描く「ロケットマン」は、どうやらそんな映画になると期待できそうだ。

 筆者が見せてもらったフッテージは、全部で14分。幼少期のジョンがピアノの腕前を発揮するシーン、駆け出しの彼がアルバム契約を結ぶシーンなどで始まったが、最も興奮を感じさせたのは、彼がL.A.のトルバドールでライブを行うシーンだった。当時、彼はまだ無名のイギリス人。誰も、たいした期待はしていない。彼にしても、わざわざ海を越えてやってきたその有名なライブハウスは、意外にも小さく、想像していたほどすごい場所ではなかった。だが、彼がピアノを前に歌い始めると、すべてが一転。乗りに乗ったジョンが、指を鍵盤に置いたまま体を宙に浮かせたかと思うと、酔いしれた観客もまた、宙に飛び跳ね、そこで静止するのだ。並はずれた大スターが生まれる瞬間は、そんな超越した形で描かれるのである。

「ボヘミアン〜」がフレディ・マーキュリーの声をそのまま使い、ラミ・マレックは歌っているふりをしていたのと違い、今作では役者本人が歌う。登場人物が会話をしているうちに自然に歌になっていくなど、音楽は、物語を語る上で深く織り込まれている。また、「ボヘミアン〜」は、薬物やセクシュアリティといった部分を示唆する程度にとどめていたが、今作はそこからまったく逃げていないと、フッテージ上映後の会見で、ジョンを演じるタロン・エガートンは語った。

エルトン・ジョンを演じるタロン・エガートン(中央)と、バーニー・トーピン役のジェイミー・ベル(左)が、L.A.で「ロケットマン」の製作体験について語った(筆者撮影)
エルトン・ジョンを演じるタロン・エガートン(中央)と、バーニー・トーピン役のジェイミー・ベル(左)が、L.A.で「ロケットマン」の製作体験について語った(筆者撮影)

「今のフッテージには入っていなかったけれど、映画はエルトンが依存症更生施設に入るところから始まるんだよ。僕が今作で一番気に入っているのも、まさにそこなんだ。世界中で愛されている有名人の彼が、自分が最も脆い状態にあった時を、迷いなく見せるんだから。それは、エルトンの誠実さと強さの証明と言っていい。僕はむしろそのダークな部分を強調しようとしたよ。それをやって怒らない一番の人物はエルトン本人だとわかっていたしね。彼は、とても優しい人。同時に、すごく強烈なアーティストでもある。その両方が、彼という天才を作り上げているんだ。両方ともを見せないのは、正確ではないよ」(エガートン)。

 男性を相手にしたセックスシーンもある。俳優デビューして8年のエガートンにとっては、ラブシーン自体が初体験だったそうだ。

「エルトンは、ゲイコミュニティにおいて非常に重要な人物。僕自身はストレートだし、しっかりやってみせなければという責任を感じていた。あのシーンは、とても素敵になったと思っている。僕は、誇りに思っているよ。彼の人生のその側面にも僕は敬意を表したかったし、あの部分をプッシュすることを許してくれた(製作配給の)パラマウントにも感謝している」(エガートン)。

初めてのミーティングはテイクアウトのカレーを食べながら

 今月25日に72歳の誕生日を迎えたジョンの人生は、実に多彩だ。グラミー賞に34回ノミネートされ、うち5回受賞した彼は、AIDSのアクティビストとしても熱心に活動。私生活ではカナダ人の映画プロデューサー、デビッド・ファーニッシュと結婚し、子供を育ててもいる。ファーニッシュもジョンと並んで今作のプロデューサーを務めるが、この映画を作るにあたっては、彼のキャリアの初期に主な焦点を当てると決めた。

「今作では、主に4つの段階がある。まずは、ティーンエイジャー時代。ここでは髪が短い。次の20代ではロングヘアになり、その後は髪が減っていくので、第3段階では、髪の生え際を少し剃った。最後の段階ではカツラを被ったよ。外見を変えることで、気持ちや身の振る舞いも、自然に変わる。でも、歳をとってからの時代のほうが、演じやすかったね。僕が実際に会ったエルトンは、今のエルトン。21歳の彼に、僕は会ったことがない」(エガートン)。

 ジョンが若き日に出会い、クリエイティブ面で最高のパートナーシップを築くのが、作詞家のバーニー・トーピンだ。トーピン役にジェイミー・ベルの名前が浮上した時、エガートンは「大賛成した」と振り返る。

「僕はプロデューサーでもなんでもないんだけど、キャスティングに関してはかなり自分の思うところを言っていたんだ。ジェイミーの名を聞いた時は、『完璧だ』と大喜びしたよ。彼のような実力ある俳優に囲まれていることで、自信が持て、恐れを乗り越えることができるからさ」(エガートン)。

 ベルにとって、ジョンはこの業界に入った時から知っている人。ベルのデビュー作「リトル・ダンサー」は、ジョンが大好きな映画なのだ。

「エルトンを初めて見たのは、『リトル・ダンサー』がプレミアされたカンヌ映画祭だった。彼は、映画を見て大泣きしていたよ。自分と父の関係が、あの映画に重なるらしいんだ。その部分は、今作でも描かれている。彼は多くを乗り越えてきた。そして、今もここにいる。エルトンのそんなところが、僕は大好き。これは、彼の人生のセレブレーションなんだ」(ベル)。

 エガートンがジョンに会ったのはこの役に決まってから。初めてのミーティングはジョンの家で、ふたりは一緒にテイクアウトのカレーを食べた。そこからの約2年間、ふたりは非常に密に、友情と信頼関係を築いてきている。

「この18ヶ月は、レコーディングや、そのやり直しなど、ひたすら今作に捧げる日々だった。大変だったけれど、もう一度やれと言われたら、喜んでやるよ。本当に満足のいく経験だったからさ。彼という人を知ることもできた。あんな卓越した人物と、コネクションを感じることができたんだ。今でもまだこれが起こったことが信じられないんだよ。考えるたびに、泣きそうになる」(エガートン)。

 その素敵な製作体験は、完成作にも反映されているだろうか。

「ロケットマン」は2019年日本全国公開。全米公開は5月31日。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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