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ピクサー、ディズニーを制して「スパイダーマン」がオスカーを取ったワケ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「スパイダーマン〜」のプロデューサーコンビ(右のふたり)と監督3人組(写真:Shutterstock/アフロ)

 この11年間で10回この部門を受賞してきたディズニー・アニメと傘下のピクサーは、オスカーの長編アニメ部門の支配者。だが、ピクサーから「インクレディブル・ファミリー」、ディズニーから「シュガー・ラッシュ:オンライン」が候補入りした今年、その両方にパンチを食らわせてみせたのは、「スパイダーマン:スパイダーバース」だった。

 実のところ、この部門は、今回の授賞式直前、今作でほぼ決まりとされていたため、サプライズではない。だが、映画が完成していない3ヶ月ほど前には、誰もそんな展開を予想していなかった。その頃には、近年ヒット作にめぐまれていないソニーがお宝であるスパイダーマンをまたもや使い回すのかと、シニカルに見る人のほうが、むしろ多かったのである。だからこそ、いざ映画を見て、意外なアプローチと斬新なビジュアルにいい意味でのショックを受ける人が続出したのだ。まさかこう来るか、というやつである。

 このバージョンの「スパイダーマン」の主人公は、マイルス・モラレスという名の黒人少年。スパイダーマンの魅力はマスクを被っていることで、だから世界中の少年が自分もなれるのではと夢を見るのだというのは、昔から言われてきた。アンドリュー・ガーフィールドも、「アメイジング・スパイダーマン」の主役に抜擢された時、「将来、黒人のスパイダーマンが出てきてもいいと思う」と語っている。とは言え、ピーター・パーカーが主役である以上、それは非現実的。今作は、見事それをやってのけたのだ。

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 それだけですでに、「多様性」がもてはやされる今日のハリウッドではポイントアップ。だが、ポリコレだけで取れるほど、オスカーは甘くない。マイルスが黒人であることは、この「スパイダーマン」がこれまでとまるで違うことの最大の象徴にすぎず、今作はすべてにおいて意表を突くのだ。その一方で、ピーターやグウェン・ステイシーのようなお馴染みキャラクターも出してきては、これがちゃんと我々の知る「スパイダーマン」につながっていることも見せる。それをやるために使うのが「異次元」という発想で、そこからあらゆる可能性が広がっている。

 今作の作り手が最初から意識していた一番のことは、「いかに違うものにするのか」ということだった。それは、ソニー・ピクチャーズの元トップであるエイミー・パスカルと「スパイダーマン」をずっと手がけてきたアヴィ・アラドが、「レゴ(R)ムービー」などエッジの効いたユーモアで知られるフィル・ロードとクリス・ミラーのコンビに話を持っていったところからして、明らかだ(ところで、このコンビは、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』の監督を撮影中にクビになっている。その意味でもこの受賞でディズニーにリベンジを果たしたと言える)。「僕らは、マイルスを主人公にしていいなら(プロデュースを)やると答えたよ。そこまでクレイジーなことを許してもらえるならばね。そうしたら、彼らはイエスと言ったんだ」と、ミラー。4年前という時期は、「#OscarsSoWhite」運動が大爆発して業界が人種の多様化へのプレッシャーにあたふたするより少し前の時期だったことも、特筆すべきだ。

「どうしてまたスパイダーマンの映画を作る必要があるのか」というのは、アニメーション部のトップ、ジョシュア・べヴェリッジにとっても、最初かつ最大の疑問だった。その答は、「これが、これまでとちょっと違うのでなく、全然違うものになるから」。その方法を見つけるため、彼とスタッフは、1年をかけて探索する。その間、過去のコミックをたくさん読むことで、いくつものインスピレーションを見つけていった彼らは、ノスタルジアに浸ることなく、紙の漫画らしさと、コンピュータアニメならではのリアルさを混ぜて、エキサイティングな映像を作ろうと決めた。

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 今作の映像が、時にまるでカラープリンターの調子が悪い時のように色がずれていたり、背景がぼけていたりするのは、そのせいだ。原作コミックで、版がずれて色がきっちり輪郭と重なっていないことがよくあるのを取り入れたのである。「原作漫画には、どこか初々しくて、素直な美しさがあるんだよね」と、VFXスーパーバイザーのダニー・ディミアン。彼はまた、背景をわざとぼやかすことで、観客の目を最も重要なところに引きつけるという目的もあったと述べる。さらに、アメリカの現代アーティスト、ウェイン・ティーボーの絵画の要素を入れるようなことまでした。そんな中に、いかにも日本の2Dアニメっぽいキャラクターが登場してくるなど、今作にはさまざまなビジュアルが共存する。そういった、いわばはちゃめちゃな状態が、今作の個性なのだ。「最初は自分たちでもわからずに進んだんだよ。いろいろやりながら、好きだなと思うものを残していった結果がこれ。危険を犯し、失敗を繰り返さないと、いい結果は得られないものだしね」(ディミアン)。

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 しかし、ディミアンが最も誇りに思っているのは、その間も、キャラクターの感情面が最優先ということを、決して忘れなかったことだ。これはあくまで主人公マイルスの成長物語。彼と父、叔父との関係や、学校での居心地の悪さなどの描写は非常にリアルで、今の若者の心に鋭く突き刺さる。おかげで、映画の北米公開以来、制作側には、「これを作ってくださってありがとうございます。感動しました」とのメールが続々と届いていると、監督3人組のひとり、ボブ・ペルシケッティは明かす。「それこそ、僕らにとって最高のご褒美」という彼は、今作がオスカーに輝くなど、夢にも見ていなかったらしい。「製作時、見ていた夢と言えば、映画を完成させる夢だったな(笑)。プレミアの日のギリギリまで、僕らは作業をしていたんだ。そうしたら突然、ニューヨーク映画批評家サークル賞を取りました、なんて言われて、『あれ、映画はもうできたんだっけ?』なんて思った(笑)。飲み込む暇もなかった感じ」(ペルシケッティ)。監督仲間のピーター・ラムジーも同感だ。「そりゃあこれならオスカーを取れるね、なんて思って『スパイダーマン』のアニメを受けたりしないものさ。それとこれとは、普通、つなげないよね?すばらしい反響をいただけたことに、びっくりしている」(ラムジー)。

 そんな喜びも冷めぬうちに、アメリカではもうブルーレイが発売になる。そこには昨年亡くなったスタン・リーを偲ぶ短編ドキュメンタリーが特典映像として入る予定だ。しかし、それを待つまでもなく、実はこの本編に、彼はたくさん登場している。マイルスがショップにスパイダーマンのスーツを買いに行くシーンは誰の目にも明らかだが、ほかにも探せばいくらでも出てくると、ミラーはこっそり教えてくれた。「たとえば、電車が背景に出てくるシーンでは、ほぼ必ず中にスタンがいるよ。マイルスとピーターが話している時、携帯で通話をしつつ通り過ぎるのも、スタンだ。アニメーターは、みんな、スタンをアニメートしたがったせいで、そうなっちゃった(笑)」(ミラー)。公開を待つ日本の観客には、ぜひ、そこまで目を凝らして見ることをおすすめする。

「スパイダーマン:スパイダーバース」は、3月1〜3日IMAX先行上映。3月8日全国ロードショー。

場面写真提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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