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「万引き家族」にも見る、オスカーの「タイミング」と「勢い」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
カンヌでパルムドールを受賞した是枝裕和監督(写真:ロイター/アフロ)

 オスカーの本投票締め切りが、目の前に迫った。西海岸時間19日を過ぎれば、もう、誰にも、何もできることはない。長かったキャンペーンも、いよいよ終わる。

 キャンペーン期間中、監督や出演者の多くは、映画祭や記者会見、投票者に向けた試写、その後に付いてくるQ&A、テレビやラジオ出演、レセプション、パーティなど、まさに分刻みのスケジュールをこなしてきた。12月に出てきた映画ならば、まだ3、4ヶ月くらいで済むが、昨年5月のカンヌ映画祭で上映され、最高賞パルムドールに輝いた「万引き家族」にとっては、9ヶ月に及ぶ長丁場だ。そして、その間、残念ながら、「万引き〜」は、自分ではどうにもできない形で、勢いを失ってきたように思う。

 昔から記者たちの間で知名度があり、尊敬も集めてきた是枝裕和監督の最新作は、パルムドール受賞直後、オスカー外国語映画部門も可能性十分と思われていた。夏のヴェネツィア映画祭では、「ROMA/ローマ」が金獅子賞を取るのだが、まだその段階でも互角だったと言える。しかし、Netflixによる、オスカー史上最大規模とも言われるキャンペーンのあおりも受けて、年末に向け、「ROMA〜」はぐんぐんと加速。外国語映画部門にかぎらず、いくつかのアワードを作品賞で受賞するケースも出てきて、通常、外国語の映画ではとても持ち得ないパワーを持つようになった。

 さらに、先月、オスカーのノミネーションが発表されると、ポーランドの「COLD WAR あの歌、2つの心」が、意外にも、外国語映画部門のほかに、花形である監督部門と撮影部門でも候補入りを果たしたのである。「ROMA〜」の10部門には到底かなわないが、ここで一気に勢いをつけた「COLD WAR〜」は、北米公開権を持つのがアマゾンということもあり、キャンペーンにより力を入れ始めた。カンヌで「COLD WAR〜」は監督賞、「万引き〜」はパルムだったのに、微妙に立場が逆転した感じだ。もちろん、ふたを開けてみるまで何もわからないのだが、「万引き〜」があと1年早く出ていたらよかったのにと、ふと思ってもしまうのである。

1年前に出ていたら、もっと勝算があった

 昨年のオスカー外国語映画受賞作は、チリの「ナチュラルウーマン」。あの映画が評価されたのには、トランスジェンダーに対する社会の偏見に迫るというテーマが非常にタイムリーで意義深かったこと、また、その主人公に実際のトランスジェンダー女優を起用したポリティカル・コレクトネスなどがある。

 この「時事性」「意義深さ」というのは、オスカーにおいてかなり大事だ。「万引き〜」が扱う貧困、虐待といったテーマは、アメリカにおいて、トランスジェンダーの問題以上に身近に感じる人が多い社会問題で、「ナチュラル〜」を打ち負かせる可能性は、十分あったと思う。

 もちろん、このテーマは、2019年のアメリカでも、深刻で、リアルである。だが、そこへ「ROMA〜」という化け物的ライバルが出てきてしまったのだ。「ROMA〜」はアルフォンソ・キュアロンの自伝的映画で、詩的な美しさが評価されており、社会的映画ではない。しかし、トランプ政権下のアメリカでは、メキシコの映画であるというだけで、タイムリーかつ社会的な意味を帯びる。さらに主人公はネイティブで、普段、社会の陰に隠れている家政婦さん。深読みすればするほど、「意義深さ」が出てくるのだ。そこを強調する目的もあってか、最近、Netflixは、劇場公開の売り上げの一部を家政婦さんの団体に寄付するとのキャンペーンも始めた。

「ROMA〜」は作品部門でも現段階で最有力候補。「Netflixだし、スペイン語だから、作品賞には入れたくないが、外国語映画部門なら」という人がいることは考えられる(写真/Netflix)
「ROMA〜」は作品部門でも現段階で最有力候補。「Netflixだし、スペイン語だから、作品賞には入れたくないが、外国語映画部門なら」という人がいることは考えられる(写真/Netflix)

 「ROMA〜」は作品部門でもフロントランナーであるが、スペイン語で、Netflix作品であることから、「作品部門をこれが取るのは嫌だけれど、せめて外国語のほうには入れてあげよう」と考える投票者がいることも考えられる。また、ここまで知名度ができたことも、大きくものを言う。外国語映画部門は、ノミネーションの段階では委員会の人のみが投票する。その人たちは、全部ではなくても大多数の対象作を見た上で入れるが、本投票では8,000人近いアカデミー会員全員がこの部門にも投票権を持つ。作品部門はともかく、外国語部門においてまで、その人たちみんなが候補作全部を見た上で慎重に決めるとは考えづらい。そうなると、どうしても、多くに見てもらえた作品が強くなる。

 これは、オスカーにつきもののジレンマだ。「万引き〜」は、L.A.映画批評家協会から、「バーニング 劇場版」とタイで外国語映画賞を受賞している。だが、カンヌと同じで、L.A.の批評家は、純粋な投票ではなく、話し合いで賞を決める。だからひとつの作品があれもこれも取ることはないし、なぜその作品が取るべきなのかの理由づけもちゃんとある。オスカーもそうやって決まるのであれば、「ROMA 〜」が作品部門と外国語映画部門をひとりじめすることにはならないだろう。でも、そうでないから、そうなるかもしれない。

映画の賞は「勢い」「空気」「主観」に左右される

 賞関係のことでコメントを求められる時、筆者はたびたび「どうしてこれは入らなかったのか」と聞かれる。「どうしてこれが取ったのか」は答えやすいが、「どうして取らなかったのか」に関しては、今述べたように、ほかにもっと強い作品があったとしか言いようがない。

 実際、賞には、そういった「運」の要素が大きくつきまとう。今年、グレン・クローズは71歳にしてついにオスカーを受賞することになりそうだが、彼女がこれまで6回もノミネートされながら一度も取っていないというのは、驚きである。昨年主演男優賞を受賞したゲイリー・オールドマンも、もう取っていそうに思われていたが、あれが初めてだった。一方で、今年、助演女優部門にノミネートされたエイミー・アダムス(7回目)、主演男優部門に入ったヴィゴ・モーテンセン(3回目)は、いずれもまた逃しそうだ。この人たちに実力があることは誰もが認めるところなのに、ほかにもっと勢いがある人が出てきてしまったのである。

「万引き家族」は、L.A.映画批評家協会賞の外国語映画賞を、「バーニング 劇場版」とタイで受賞した(写真/Magnolia Pictures)
「万引き家族」は、L.A.映画批評家協会賞の外国語映画賞を、「バーニング 劇場版」とタイで受賞した(写真/Magnolia Pictures)

 その「勢い」は、自分でコントロールしたくても、なかなかそうはいかない。マシュー・マコノヒーが「ダラス・バイヤーズクラブ」で取った年は、それまで軽い商業的映画にばかり出てきた彼が、今作のほか、「MUD マッド」「ウルフ・オブ・ウォールストリート」「ペーパーボーイ 真夏の引力」などで大きくキャリアの転換をはかったことに対する、総合的な評価が反映されていた。それがまさに「勢い」である。今年は、ひどい監督にがまんしてプロ意識を貫いた「ボヘミアン・ラプソディ」のラミ・マレックに追い風が吹いている。「『ボヘミアン〜』に作品賞はあげられないけど、君のせいではないから」という思いが作用しそうなのだ。

 そもそも、誰が一番早く走ったかの競争と違い、演技や作品に優劣を付けるとなれば、どうしても「空気」「主観」に左右されるもの。完全にフェアというのは、ありえないのである。さらに、あれだけある作品の中から、ノミネーションの数本にまで残った候補作、候補者は、みんな、最高の選りすぐりだ。その中で1本、あるいはひとりを選ぶとなれば、決め手はそこになってしまいがちである。

 だから、「ノミネーションされた全員が勝者」と、たびたび言われるのだ。そうは言っても、やはりここまで来たら最後まで勝ちたいというのが本音だろう。そして、勝った人には、心から祝福してあげたいとも思う。こんな不可能すぎる状況を乗り越えて、その作品、その人は、そこに至ったのだから。それら勝者はもちろん、ほかのみんなにも、お疲れさまと言おう。だが、これを機会に引退すると思わないかぎり、これはまた続いていく。そして、「続く」ならむしろラッキーなこと。不運ならば、その対象にすら入らないからである。そうなったらなったで、あの苦労が恋しくなるのだろう。映画業界とは、本当に残酷である。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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