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キャリア最高のオープニングを飾る「ミスター・ガラス」で、シャマランは最後に笑う

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
キャリアの氷河期を乗り越え、再びヒットメーカーとなったM・ナイト・シャマラン

 M・ナイト・シャマランが、お得意の“最後のサプライズ”を見せようとしている。それも、映画の中ではなく、彼のキャリアでだ。今週末日米同時公開される最新作「ミスター・ガラス」が、祝日の月曜を含めた4日間で、北米で7,500万ドルを売り上げる見込みなのである。若干下回ったとしても、今作が今週末に首位を獲得するのは確実。それはまた、彼のキャリアでも最高のオープニング記録となる。

「ミスター・ガラス」にはブルース・ウィリスが「アンブレイカブル」のデビッド役で登場
「ミスター・ガラス」にはブルース・ウィリスが「アンブレイカブル」のデビッド役で登場

 20年前、ディズニー配給の「シックス・センス」を爆発的にヒットさせ、大人気フィルムメーカーとなったシャマランは、そのあと3本をディズニーで作るが、2006年の「レディ・イン・ザ・ウォーター」は断られ、ワーナー・ブラザースで製作。7,000万ドルの予算をかけた同作品は北米で4,200万ドルを売り上げるにとどまり、彼にとって初の失敗作となった。その後、「ハプニング」でフォックス、「エアベンダー」でパラマウント、「アフター・アース」でソニーと組むも、どれも不発に終わる。ユニバーサルを除くメジャースタジオすべてと関係が悪化してしまった彼のキャリアは、もう終わりかとも思われた。

 しかし、ここでシャマランは原点の低予算インディーズ映画に戻った。それ以外に選択肢がなかったというのも事実だが、彼は500万ドルの製作費を自腹で出して、「ヴィジット」を作ったのである。パートナーとして選んだのは、低予算ホラーを次々に成功させているすご腕プロデューサー、ジェイソン・ブラム。ブラムがユニバーサルと契約を結んでいることから、「ヴィジット」もユニバーサルが配給した。映画は公開初週末に北米で2,500万ドルを売り上げて、2位デビュー。最終的な北米興収は6,500万ドルと、彼にとって久々の黒字となった。

「ミスター・ガラス」の撮影現場でブルース・ウィリスとジェームズ・マカヴォイを演出するシャマラン。マカヴォイは「スプリット」に主演した
「ミスター・ガラス」の撮影現場でブルース・ウィリスとジェームズ・マカヴォイを演出するシャマラン。マカヴォイは「スプリット」に主演した

 そして2017年には、同じく自腹で900万ドルを出し、ブラム、ユニバーサルと組んだ「スプリット」が、北米首位デビューを果たす。オープニング成績は4,000万ドル、最終的な北米興行収入は1億3,800万ドル。それまでのシャマランのキャリアで、「シックス・センス」「サイン」に次ぎ、3位の成績だ。

「スプリット」には、さらなるおまけもあった。昔からのファンを喜ばせる“最後のサプライズ”である。しかも、そのサプライズは、「スプリット」を「アンブレイカブル」につなげるもので、ファンの興奮は大きく高まった。かくして、「ミスター・ガラス」が実現することになったのだ。

どの作品も、その時の自分を映し出している

「ミスター・ガラス」もシャマランの自腹だが、予算はこれまでと比べて格段に多い2,000万ドル。そこに、シャマランの自信のほどが見える。「アンブレイカブル」がディズニー、「スプリット」がユニバーサルの配給だったことから、配給は北米外をディズニー、北米をユニバーサルが手がけることになった。その交渉はすんなりいったと、シャマランは、昨年秋、筆者とのインタビューで語っている。「どちらのスタジオも、僕にとても優しかった。まあ、小さな映画だし、製作費だって僕が出しているんだけど、(スタジオのトップの)人が変わってしまったら、『そんな話、応じるわけがないだろう』で終わってしまうことが十分ありえる。僕はラッキーだよ」(シャマラン)。

 ブルース・ウィリス、サミュエル・L・ジャクソン、ジェームズ・マカヴォイが人気のキャラクターで再び登場する作品を、経済的リスクなく配給するという話なら、スタジオにしても、断る理由はない。しかし、そういった話し合いの過程には、苦労も経験した48歳の彼が、28歳でたちまち注目の人となった時の彼とは違っているというのもあっただろう。ジャクソンも、「アンブレイカブル」の撮影当時と比べて、「今の彼は丸くなった」と語っている。

タイトルのミスター・ガラス役を演じるサミュエル・L・ジャクソン
タイトルのミスター・ガラス役を演じるサミュエル・L・ジャクソン

「前回みたいな命令の仕方はしなかったね。僕が最初に会った時、彼は『シックス・センス』で大成功を収めたばかりで、自分はなんでも知っていると思っていたんだ。たとえば、『ここでは瞬きをしないでください』とか、セリフひとつにも『そこで間を置かないでください』とか、いろいろ言ってきたものさ。だけどアフレコの段階になって、結局、『現場であなたがやりたかったようにやってみてくれますか』となったり。僕は『だろう?』って思ったよ(笑)。この業界で長く仕事をしていくと、毎回大成功というわけにはいかないのが現実。時には打ちのめされ、そのことでまた地に足がつくといったことがあるんだ」(ジャクソン)。

 一方でシャマランは、「アンブレイカブル」を作ったのは駆け出し当時で、「失敗したらもう次を作らせてもらえないだろうから、作らせてもらえるうちに作ろう」と思っていたと振り返っている。また2013年のインタビューでは、「レディ・イン・ザ・ウォーター」について、「どうやってマーケティングするべきかなど、1秒たりとも考えなかった」と、反省を見せていた。「だから成功しなかったんだ。あれは僕が作った中で(当時)唯一儲からなかった映画となり、ワーナーを怒らせてしまった。でも、今も、僕は、あの映画をどうやって売ったらいいのか、全然わからない」(シャマラン)。

ブルース・ウィリスは、「アンブレイカブル」の続きができることを大歓迎した
ブルース・ウィリスは、「アンブレイカブル」の続きができることを大歓迎した

 それでも、「レディ〜」を作ったこと自体は後悔していないともシャマランは言う。彼の映画はどれも、その時に彼が置かれていた人生の場所を示すものだからだ。

「『シックス・センス』は、家庭と仕事のバランスについて。それは、当時、僕が直面していたことだった。『アンブレイカブル』は、ほかの人たちのために何かをしてあげられる人でなくてはならない重荷を語る。『ヴィジット』は、許すことについてだ。そして『スプリット』が語るのは、悪いことが起こるのは自分にとって本当に悪いのかということ。ジョージ・ルーカスが若い時に車の事故に遭わなかったとしたら、彼は今の彼になっていたのだろうか?それを問いかけるのさ」(シャマラン)。

 そんな彼は、来たるべき2020年代での活躍を、自分でも楽しみにしている。「シックス・センス」は99年の公開で、90年代。「アンブレイカブル」「サイン」「ヴィレッジ」は2000年代、「スプリット」は2010年代と、彼はそれぞれの時代に首位デビューを果たしてきた。そして今、「ミスター・ガラス」で、2010年代の最後を華々しく飾ろうとしているのだ。

「それだけ長い間、人が僕の映画を見にきてくれているということ。それは、僕にとっても驚き。まだみんな、僕の映画を楽しんでくれているなんてね。作る側の僕も、すごく楽しませてもらっているよ。それを観客が感じてくれているのだと思いたいな」(シャマラン)。

 次回作はアップルが立ち上げるストリーミングサービスでリリースされるテレビシリーズ。次の時代、彼の世界と可能性は、新しい形でも広がっていきそうだ。

「ミスター・ガラス」は18日(金)より全国ロードショー

写真:Universal Pictures All rights reserved.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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