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「ボヘミアン・ラプソディ」に「風と共に去りぬ」。撮影中に監督がクビになった映画の数々

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ボヘミアン・ラプソディ」のブライアン・シンガー監督(写真:ロイター/アフロ)

「ボヘミアン・ラプソディ」が、絶好調だ。日本より一足早く公開された北米では、首位デビューだった上、すでにヒットの目安のひとつとされる1億ドル突破を果たす見込み。全世界でも、本日までに1億8,000万ドルを売り上げている。

 製作予算が5,200万ドルの中規模作品にしたら、これは申し分のない数字。そして撮影中に大きなトラブルがあった映画にすれば、万々歳と言っていい。最終クレジットには監督としてブライアン・シンガーの名前しか出ていないが、この映画、実は、撮影途中でデクスター・フレッチャーに交代しているのである。

 原因は、シンガーが、イギリスで撮影中、3日連続で無断欠勤をしたこと。アメリカにいる親の健康状態が理由だったそうだが、その前にも彼はセットで問題行動を見せていたそうで、主演のラミ・マレックとぶつかったことも何度かあると報道されている。

 20世紀フォックスがシンガーをクビにすると決めた昨年12月、撮影は一時中断され、公開は延期になるのではと思われた。だが、フォックスはすぐにフレッチャーを見つけて、予定通りに映画を完成させている。クレジットがシンガーだけになったのは、これがもともとシンガーの情熱のプロジェクトであったことや、フレッチャーが引き継いだ段階で、撮影はあと3週間を残すばかりになっていたことなどがあるようだ。

 今年公開の作品では、「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」も、同じように途中で監督がクビになるという出来事を経験した。こちらもすぐに次の監督としてロン・ハワードが決まったが、それに伴って予算がかさんだこともあり、結果的に赤字になってしまっている。監督としてクレジットされているのはハワードで、クビになったフィル・ロードとクリス・ミラーの名前はない。彼らがクビにされた理由は、製作面での意見がルーカス・フィルムのトップと食い違ったことだった。

 さらに、昨年は、DCコミックのスーパーヒーローを集めた「ジャスティス・リーグ」が、撮影途中、ザック・スナイダー監督の家族に不幸が起こったために、マーベルのスーパーヒーロー映画で知られるジョス・ウェドンにバトンタッチした。ウェドンは、脚本家のひとりとして名を連ね、監督のクレジットはスナイダーとなっている。

誰かがやりかけたものを形にするプレッシャー

 と、昨年末から今年までの1年間に、撮影途中で監督が交代した映画が3本も公開されたわけだが、こういうことは、めったにあることではない。撮影開始前に監督とスタジオが揉めて監督が降板するという例は山ほどあり、それもまた頭が痛い話だが、どうせトラブルになるならそこで起こっておいてくれたほうがマシというものだ。しかし、過去をさかのぼれば、ほかにも例はある。しかも、その中には、まさかと思われる傑作も混じっているのだ。

 たとえば、「風と共に去りぬ」は、そのひとつ。作品賞、監督賞を含む8部門でオスカーを受賞し、現在も、インフレを考慮すると史上最高の興行成績を誇るこの映画の監督は、最初、ジョージ・キューカーだった。しかし、彼は撮影開始3週間後にクビになり、ヴィクター・フレミングが引き継いでいる。その依頼を受けた時、フレミングは「オズの魔法使」を撮影していたのだが、これまた彼の前に4人も監督がいた作品だった。こちらも、監督部門は逃したものの、作品部門でオスカーにノミネートされている。

 スタンリー・キューブリック作として知られる「スパルタカス」も、最初はアンソニー・マン監督で撮影が始まっていた。当時30歳だったキューブリックは、マンが撮影を始めた1週間後に選ばれている。こちらも、4部門でオスカーを受賞するに至った。アニメも入れるならば、「レミーのおいしいレストラン」も、製作途中で監督が交代している。こちらも見事オスカー受賞につながったが、やはり同じ憂き目に遭った「アーロと少年」は、ピクサー作品としてはぱっとしない結果に終わった。

 撮影中に監督がクビになるのは、言ってみれば大航海に出た船のキャプテンが、突然いなくなるようなもの。乗組員は立ち尽くすだけで何もできないし、陸で待っている人たちは、もうだめかと不安でいっぱいになる。そんな中でも、見事、困難に打ち勝ち、目的地にたどり着くのが、つまり、映画を完成するということだ。

 そこで、人々から温かく迎えられれば、そんな出来事もあっさり忘れられてしまうもの。覚えられていたとしても、むしろちょっとしたこぼれ話になる。逆に、映画が成功しなかったら、いつまでもそれが「原因」として語られ続けることになるが、どちらにおいても、引き継いだ人が、他人のやり残したものを形にしてみせたことに変わりはない。それには、普通とは違う、また相当なプレッシャーがあったはず。クレジットをされている、いないにかかわらず、そんな使命を達成してみせた人々に、大きな拍手を送りたい。

 

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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