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エミー賞:視聴率が史上最低でも、Netflixの株は5%アップする皮肉

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
エミー賞授賞式でホストを務めたコリン・ジョスト(左)とマイケル・チェ(写真:ロイター/アフロ)

「この会場にいらしている数千人の方々と、テレビを見ていらっしゃる数百人のみなさん、こんばんは」。現地時間17日に行われたエミー賞授賞式のホストのひとりを務めたコリン・ジョストは、開幕早々、そんな自虐的ジョークで会場を笑わせた。

 オスカー、エミー、グラミーなど、授賞式番組は、近年、一様に視聴率低下に悩まされている。原因はどこも同じだ。娯楽の選択肢が増える中、一般人にとって、候補作は「自分は見ていない、聴いていない、知らない」というものばかりになり、どうでもいい話になることがひとつ。さらに、授賞式番組そのものが、若い人たちからしてみれば古風で、テイストに合わないというのがひとつである。

 テレビの賞であるエミーの場合はまた、近年の受賞作が、お金を払っていないと見られないHBOやNetflixに集中してきたことも大きい。今年は、これまで17年間最多ノミネーションを誇ってきたプレミアムケーブルチャンネルのHBOがその座を失ったのだが、打ち負かされた相手は、やはり有料のサービスであるNetflixだった。メディアは大騒ぎしたが、どちらにも加入していない人にとっては、まったく関係ない話である。

笑えるジョークも、その元ネタを知らないとおもしろくない

 授賞式で最高の花形であるドラマシリーズ部門は、今年、HBOの「ゲーム・オブ・スローンズ」とHuluの「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」の闘いと言われていた。「ハンドメイズ〜」は、昨年、ストリーミングとしてエミー史上初めてこの部門を受賞した作品で、今回の対象となる第2シーズンも、業界内で高い評価を得ている。だが、Huluも有料。ジョストと共同ホストを務めたマイケル・チェが、「『ハンドメイズ・テイル〜』では、女性が強制労働をさせられ、望みもしない妊娠をさせられます。黒人は、これを‘歴史’と呼びます。この番組は白人女性の『ルーツ』といったところですね」と言ったのはおもしろかったが、見ていなければもちろんこのジョークはわからない。笑うどころか、しらけてチャンネルを変える視聴者が出てもしかたがない。

 結果的に、今年、ドラマシリーズ部門の作品賞を受賞したのは、「ゲーム・オブ・スローンズ」だった。コメディシリーズ部門は、やはり有料であるAmazon Primeの「マーベラス・ミセス・メイゼル」が受賞。コメディ部門の主演男優賞受賞者はHBOの「Barry」のビル・ヘイダー、同女優賞は「マーベラス〜」のレイチェル・ブロスナハン、ドラマ部門の主演女優賞はNetflixの「ザ・クラウン」のクレア・フォイ。総受賞数ではHBOとNetflixが同点となった。そんな受賞結果を受けてか、今年の視聴率はさらに下がり、なんと過去最低を記録している。

視聴率が下がり続ける中、広告を出してくれるのはライバル

 一方で、Netflixの株は、この結果を受けて5%アップした。授賞式そのものを見た人が多くても少なくても、Netflixには関係がないのだ。彼らにとって重要なのは、これからずっと「エミー賞受賞作品!」とうたえるという事実なのである。

 Amazon PrimeやHuluはもちろん、アップルもオリジナル番組のストリーミングに乗り出し始めた今、視聴者はますます、何を見ていいのかわからない状態に陥っている。「これはいいよ」と言われるものだけでも、もう見られないほど数がある上、テレビドラマは映画と違い、2時間で全部は完結しない。自分の時間をどこに投資するのかを判断する上で、エミー賞は、ひとつの基準。だからこそ、Netflixは、エミーのキャンペーンに20億ドル(約2,200億円)を投資したのだ。彼らにとって、エミーは、名前を知ってもらう最大のマーケティングツールなのである。

 その理由のもと、今年NBCが放映したこの授賞式番組に(秋の新番組シーズン直前に放映されるエミーは、メジャーネットワークが毎年順番に放映権をもらう)、Netflix、Amazon Prime、Huluが、ばんばんスポットを打った。エミー授賞式の視聴率が今後も下がっていく中、メジャーネットワークがいつまでも頼りにできるであろう広告主は、おそらく、ライバルである彼らなのだ。これまた、なんとも皮肉である。

 NBCの「Saturday Night Live」にレギュラー出演するジョストとチェは、「NBCは今年、メジャーネットワークで最も多いノミネーションを獲得しました。でも、それって、生命維持装置につながれた人の中で一番セクシーだ、というレベルですよね」と言って、自分たちのホームベースをネタにしてもいる。だが、NBCの重役は、果たしてそれを聞いて笑っていたのだろうか。いや、むしろ、もう笑うしかないと笑っていたのかもしれない。どうせ来年は別の局の番。笑えないのは、来年、あるいは再来年、エミーを放映する局だろう。その彼らは今ごろ、負け戦に備えて、どんな戦略を練り始めているのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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