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低迷するメジャーネットワークを救ったのはトランプ支持者だったという皮肉

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
トランプ支持者の多い街で高視聴率を得た「Roseanne」(ABC)

 従来のテレビ局にとって、今は辛い時代。ストリーミングやケーブルチャンネルが映画並みのお金をかけて優れたオリジナルドラマを作り出し、“テレビのルネサンス”“テレビの黄金時代”と呼ばれる中、昔ながらにコマーシャルが入り、セックスもバイオレンスも言葉遣いも制限のあるメジャーネットワークは、おいてけぼりを食っている。そもそも、決まった時間に家族みんながテレビの前に座って夜の人気番組を見る、という姿自体が、もはや20世紀のもの。最近では録画で見た人たちも視聴率に数えるようになってきたが、リアルタイムで過去のような数字を挙げることは、ほぼ不可能だ。テレビ局も、メディアも、今や、前より下がった数字を見ることに慣れ、その新しい現実を受け入れている。

 と思っていたら、信じられないことが起こった。21年を経て復活したABCのシットコム番組「Roseanne」が、1,820万人という、飛び抜けた視聴率を獲得してみせたのだ(注:アメリカでは視聴率をパーセンテージではなく人数で表示する)。シットコムの視聴率としては、2014年9月以来、最高の数字。また、9年続いたオリジナル「Roseanne」の、1997年5月の最終回をも上回っている。当時はまだ、ストリーミングやケーブルのオリジナル番組というライバルがいなかった時代である。

21年ぶりに登場したロザンヌは、トランプに入れたという設定

 昔の人気番組を今さらリブートする企画は、いかにも新鮮なアイデアに欠け、無難を求めるメジャーネットワークらしい。さらに、主演女優でエグゼクティブ・プロデューサーのロザンヌ・バー(65)は、トランプ支持を堂々と表明してきた、いわばハリウッドの異端児で、決してホットとは言い難いセレブだ。それが逆に勝因になるなどと、少なくともハリウッドでは、誰も想像していなかった。

 このリブート版第1話で、主人公ロザンヌ・コナー(バー)は、2016年の選挙でトランプに投票したという設定で登場する。そう、久々に会えた懐かしのテレビキャラクターは、自分たちと同じように、トランプに入れたのだ。一方でロザンヌの妹ジャッキー(『レディ・バード』で今年のオスカーにノミネートされたローリー・メトカーフ)は、ピンクのプッシーハットを被って現れ、ヒラリー支持者だったことを匂わせる(しかし、ロザンヌがあまりにも強烈にヒラリーをけなしまくるため、自分の考えに自信がなくなり、投票所で彼女はついつい緑の党のジル・スタインに入れてしまったと告白する)。こういった衝突も、視聴者には共感できる部分だろう。

ロザンヌ・バー とジョン・グッドマン(ABC)
ロザンヌ・バー とジョン・グッドマン(ABC)

 そして、ロザンヌは意見を曲げないのだ。ディナーの前のお祈りで、ジャッキーがいるのに「またアメリカを偉大にしてくれてありがとうございます(Thank you for making America great again)」と、トランプのキャンペーンスローガンを出してみせたり、ジャッキーに「トランプのせいでアメリカが酷くなった」と言われると、「‘本当の’ニュースを見るかぎり、そんなことはないわよ」と、これまたトランプお得意の“フェイクニュース”説を出してきたりするのである。トランプ支持者にしてみたら、きっと痛快だったに違いない。

 ジャッキーがディナーの手土産にロシアン・ドレッシングを持ってくるなど、ちくりとトランプを突くようなネタもあり、番組は必ずしもトランプ礼賛だらけではない。それでも、視聴率は、デトロイト、シンシナティ、カンザスシティ、ピッツバーグなどトランプが多くの票を得た都市でとりわけ高く、誰にアピールしたのかは明白だ。一方で、ヒラリー派だったニューヨークとL.A.は、トップ20にも入っていない。ニューヨークとL.A.がなくても勝てるのだというのは、まさに2016年の選挙の教訓そのものである。

ハリウッドはエミー賞で仕返しをするか?

 放映の翌朝、バーはABCの「Good Morning America」に電話出演し、トランプから直接、祝福の言葉を受けたと明かした。トランプもまた、オハイオでの演説で、「私は昨日、ロザンヌに電話をしたんだ。1,800万人以上が見たんだよ。これは私らへの支持の表明。奴らはまだわかっていない。いずれは分かるだろうけどね。そうなった時、フェイクニュースは減るだろう」と豪語している。番組の中でバーの夫を演じるジョン・グッドマンは、「Saturday Night Live」でトランプを笑い者にするスケッチコメディに何度か出演していることもあり、さすがにトランプからの電話はなかったようだ。彼もまた多くのハリウッド関係者と同じように、結果に驚き、複雑な気持ちを抱いているかもしれない。

 これに味をしめて、「Roseanne」が今後、トランプ支持者を喜ばせるようなネタをますます入れていくのかどうかは不明だ。もしそうなったら、いくらコメディ番組としての出来が良かったとしても、エミー賞では投票者からボイコットを受けるだろうとの声も、すでに聞かれる。エミーで昨年大健闘したのがトランプ政権への批判と警告とも受け止められる「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」で、授賞式を通じてのジョークがトランプ叩きだったことを思えば、それは当然の流れといえるだろう。

 しかし、エミー授賞式もまた、近年は視聴率低下に悩まされている。アメリカの真ん中にいる人々、つまりトランプ支持者が見たいような番組が、エミーにはノミネートされないせいだ。「Roseanne」のような、自分が毎週見ている番組が賞を争うことになったなら、彼らも結果を気にして中継を見てくれるかもしれない。でも、自分たちが正しい、自分たちのほうが賢いというハリウッドのプライドと信念が、そんな迎合の邪魔をする。このジレンマの間で、メジャーネットワークは、これからどんな道を選んでいくのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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